※時間軸はザガン攻略後からシンドリアを出るまでの間あたり


二人の肩にのしかかる沈黙が重い。つい十数分前までは和やかに談笑していたのに、どうして今はこんなに言葉が出ないんだろう。何か気の利いたことを言ってこの空気を和らげなければ、そう思えば思うほど、思考のかけらが喉の手前で声にならないままつかえて出てこない。
基本的に俺はしんとした空気に弱いので、くだらない冗談だのごまかしの一言だのを笑いながら言っては間をつなぐのが割と常だ。しかし今回に限っては白龍の態度がそれを許さなかった。
元々白龍が冗談の通じにくい質(たち)であることはザガンの攻略時にわかったのでいつものノリでふざけすぎないように、と気をつけていたつもりだったけれど、いつうっかり地雷を踏んだのか心当たりが見つからない。
はじめは他愛ない内容の会話だったはずだが、ふとした流れでお互いの恋愛経験や遍歴についての話題に踏み込んでしまってから、自身でも馬鹿らしくなるほどに見栄を張って色々と饒舌に話してしまった。白龍の表情が変わったのはその辺りだったかもしれない。

今の時間帯は月も高く昇っていて、俺も白龍も湯殿で一日の汗と汚れを流したあとだった。どちらも普段のようにきちんと着込んではおらず簡素な格好だ。俺は薄手の布を体に巻きつけたようなゆったりした寝間着で、白龍も前で合わせられたシンプルなつくりの夜着を腰の帯で留めていた。祭りがあったせいか、窓の外から聞こえる人々のざわめきがいつもより幾分多く思われる。潮の香りがする南風が頬を撫でて、控えめに灯されているランプの中の火が揺れた。

この重たい空気をいい加減にどうにかしなくては。白龍のベッドに腰掛けて手を組んだまま口を噤んで結構な時間が経ったように思えた。これ以上黙っていると俺の精神が参ってしまう。話題も見つからないままとりあえず、床を見つめて黙りこくる目の前の少年の名前を呼ぼうと口を開いたところで、同時に白龍もぽつりと言葉を零した。

「アリババ殿は、…女性と恋仲になった経験がおありなんですね」
「え?…は、ぁ…。まあ、な…」
「そう…、ですか…」

白龍の視線が動かないので表情が見えず、つぶやかれた内容の意図をはかりかねる。その声はいつもよりすこしくぐもっているように聞こえた。本当は女の子と付き合ったことなんてなかったが、今更張った見栄を崩すのも恥ずかしくて曖昧に答えを返す。
俺は降り始めの雨粒のように落ちてくる白龍の言葉に再び耳を傾けた。

「アラジン殿や…モルジアナ殿もあなたを随分信頼されていますし」
「そう、見えるか…?」
「はい、正直…羨ましく思ってしまうほどに」

そう答えてようやくこちらを向いた白龍は、すこし泣きそうな顔で笑っていた。ランプの中に灯る仄かな橙色の炎に照らされたその笑顔はなんだか頼りなげで儚く見えた。
途端に心臓がきゅうと音を立ててちいさく締め付けられたように思われて、それがきっかけになり俺はベッドへ座ったときに空けていた間隔をつめて白龍に近づく。

「アリババ、殿…?」

俺が真面目な顔で近づいてきたのを不思議に思ったらしく、冬の湖を思わせる紺碧の瞳が数回瞬いた。それに合わせて深い藍色の睫毛が揺れる。こうして見ると白龍ってけっこう綺麗な顔してるんだなという感想とその表情を脳裏に描き足しながら、吸い込まれるように白龍の顎を指先で軽く持ち上げた。東洋人特有のきめの細かいなめらかな肌が俺の指の腹と触れる。口元にあるほくろ、薄いながらも潤った桃色の唇、と視線を移しながら再び白龍の目を見つめると、白龍は困ったように眉根を寄せて白い頬を朱に染めていた。いつの間にか目尻はうっすらと涙で湿っている。

「っあ、あの、アリババ殿…!一体、な―」

にを、と紡がれるはずであった言葉尻は、俺が白龍の唇を自分のそれで塞いだことによって飲み込まれてしまった。見た目よりも柔らかいそれの感触に欲を掻き立てられて、さらに口づけを深くする。物心がついてからまともなキスの経験なんてないので、見よう見まねで角度を変えたり、頑なに閉じられた白龍の下唇をやわやわと食んでみた。

「っ、ん…!…ぅ ん…んっ」

はじめは拒絶の色が強かった声が少しずつ熱を孕んだ甘いものへと変わっていくのを俺は聞き逃さなかった。だめ押しとばかりに唇をぺろりとひとつ舐めてやれば、白龍は観念したようにゆるゆると口を開いた。そこへ遠慮なく舌を挿し入れる。やわらかい粘膜を味わうように、白龍の口の内側にそれを這わせた。

「んぁ…っ、は …!ん、っ …ふ …」

いつの間にか白龍は俺の腕をぎゅっと掴んでいて、俺が舌先で口の中をつつくたびにびくびくと肩を震わせる。それがさらに俺の劣情を煽って、俺は白龍の肩をぐいと後ろへ大きく押して、上から覆い被さる形で倒した。


どさり。白龍の身体が衣擦れの音とともに柔らかなシーツの波へ沈んだ拍子に夜着の前がすこしはだけて、白い胸元が視界に入る。そういえば白龍はいつもかっちりと衣服を着込んでいて、あまり肌を晒している様子を見たことがないなと思った。日の下(もと)に晒されない肌は月明かりに照らされて、暗い部屋の中から切り取られたように青白く浮かび上がっていた。
俺を見上げる白龍の瞳からは僅かな怯えの色が窺えた。涙の膜が俺を映して不安げに揺れる。

「っ…アリババ殿…、なぜ、いきなりこんなことを…」

みなまで言わなかったが、俺の突然の行動に対して白龍が疑問を口にした。俺自身も衝動的に感じた欲求に突き動かされてやったことだったので、改めて聞かれて言葉に詰まってしまった。
こういう時に上手く切り抜けられない自分と、先ほど欲に負けて白龍にキスしてしまった自分を恨む。けれど今は正直に答える以外の選択肢を思いつけない。

「っあー… …えーと…なんつーの、…… 引くなよ?」

白龍を押し倒したままの状態で、なんとも情けないことになったものだ。白龍は律儀にこちらを見つめて俺の言葉をちゃんと待ってくれている。なんだか今更理由を本人に言うのも恥ずかしくなってきて、芝居じみた咳払いをひとつした。

「その…おまえがさっき俺とアラジンやモルジアナの関係を羨ましいって言った時の顔が、さ?……き、綺麗に見えて… …それで、… キスした……」

言い終わるが早いか顔が一気に熱くなるのをまざまざと感じた。想像以上に恥ずかしさが込み上げてきていたたまれない。そして白龍はというと俺の言葉にしばし目を瞬かせてからようやく意味を咀嚼し終えたらしく、頬から耳まで一気に朱が差した。

「そっ… な …き、綺麗、だなんて…っ …お、俺は男ですしっ」

しどろもどろになりながら俺から視線を外して慌てる白龍の様子がかわいらしく見えて心を掴まれた。何というか、先程から白龍の挙動ひとつひとつがいちいちかわいくて、抱きしめたい気持ちにさせられるのだ。
俺の言葉をどう受け取ればよいか分からないのだろう。眉尻をへにゃりと下げて、小さな子供のように半分泣きべそをかいている。くすんと鼻をすすったことで目のふちに留まっていた涙がこぼれた。

「えと…ごめん、困らせちまって…」
「ち、ちが、 …っ俺こそ、またみっともない 姿を…!すみませ…、っ」

それが皮切りとなって、堰を切ったように滴が次々と幾重にも分かれて白龍の頬を濡らしていく。謝罪の言葉を切ってから伏せられたまぶたの睫毛の先からも、涙の粒が月光を反射しながら落ちた。
ああ、やっぱり白龍は綺麗だ。
俺は白龍の手を取って寝台に起こした。次に親指で目尻に触れて、すくい取るようにあたたかな滴を拭ってやったら、一瞬小さく身じろいで俺の指先を受け入れた。背中に腕を回して、幼子をあやすように抱きしめる。

「…泣き止んだか?」

聞いてみると、白龍は下を向いたままこくりと頷いた。歳は俺とそう変わらないはずだが、その背中が今は随分と小さく感じる。腕にぎゅっと力を込めて、先ほどより強く抱きしめてやる。なめらかな髪が纏う石鹸の匂いに鼻腔をくすぐられた。白龍からもおずおず、と遠慮がちに腕が回されて、服を掴まれた。

「大丈夫だよ、おまえなら」

ゆっくりと髪を撫でながら、いつの間にかそういう気持ちはすっかり抜け落ちていて、気丈に見えても繊細で、自分の身を顧みずに無理をしてしまうこの少年の気持ちを、俺がこうして今だけでも紛らわせてやれたら、とだけ思っていた。








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