※時間軸は白龍くんがシンドリアに留学する前


王宮内の人間が一日の活動を終えてすっかり寝静まった夜。建物内の灯りもほとんど落ち、深い藍色ばかりが視界を埋め尽くす。
今日は雲も少なく、頭上に広がる夜空には沢山の星々が散らばっている。俺はもともと美だの風情だのといったものに全く興味はないしそれらの楽しみ方もまるで分からないけれど、そんな俺でもあの光なら手が届きそうだと感じてつい腕を空に向かって突き上げるという動作までしてしまうほど、今夜の空は美しかった。

就寝時間を過ぎても眠れなくて、こっそり自室から抜け出し暇を持て余すこと自体は珍しくなかったが、今回のようにこうして星を見ようと外に出てみたのは初めてだった。夜の闇は優しくて、頬を撫でる風が心地いい。
先程も言ったが俺は風情やこういった美的なものには一切興味が湧かない性質だ。にもかかわらず星を見るべく外にいるのは理由があった。

***

俺が以前、今日と同じように眠れず王宮内をうろついていた夜、この煌帝国の皇子である白龍が珍しく星を見ないかと俺を誘ってきたことがあった。いつもなら俺がどう話しかけても無視か心底うざったそうにやめてください、とあしらわれるかのどちらかなのだが、その日は「俺も今夜は眠れなくて…神官殿さえ良ければ一緒に星を見に行きませんか?」と少し照れくさそうに手を差し伸べられた。普段の態度が嘘のようなそれに面白いこともあるもんだ、と思いながら、俺は白龍の滅多とない気まぐれに付き合ってやることにしたのだった。

「この時間帯は星が本当に近くで見えますね…まるで手が届きそうです」
「そうだな…」

俺は星や暦を一切読めないので、ただ空を見上げながら白龍の言葉に適当に相槌を打つばかりだったが、不思議とつまらないとも嫌だとも感じなかった。ちらりと視線をよこせば、隣で星空を見て嬉しそうに瞳を輝かせる白龍の横顔が俺の目に映る。夜空と同じ藍色を湛えた眼(まなこ)は細かな光を散らしてうっとりと滲んでいた。
地平線の向こうまで覆い尽くすほど浮かんでいる星屑の数々が、まばたきをするたび揺れる白龍の睫毛の先までも縁取っていて、ああ、こういうのを幻想的っていうんだっけ、とぼんやり思った。

「…あ!星が流れた…!」

白龍の弾んだ声に俺も再び空へ視線を投げる。と、小さな光がちらちらと瞬いて次にすぅと尾を引きながら流れていくのを目が捉えた。

「へえ、おもしれぇもんだな」
「流星ってなかなか見られないんですよ…!俺も実際に見たのはこれが二度目です…」

少し興奮気味の白龍が俺に話す。そういえばこいつがこんなあからさまに嬉しそうな顔をしてるのを見るのは初めてかもしれない。

「神官殿、…今日は俺と一緒に星を見に付き合って下さって…ありがとうございました」

どうやら位置が変わったのか、先程よりも星の数が減ったように見えた。暗闇にだいぶ目が慣れたとはいえ、白龍の表情は陰っていて窺いにくい。けれどその声はいつになく柔らかかった。それに絆されてか俺もこんな言葉が出た。

「…どういたしまして。また次も一緒に行ってやろうか?」
「はい、…考えておきます。では」

この会話を最後に、この日の星空観賞は終わりを告げたのだった。

***

あの日を思い返しながら星空を眺めて今日は何故つまらないのかとじりじり考えていたが、ようやく答えが弾き出された。すっきり纏まった頭にその解をひとつだけ携えて、俺は答えに結び付く人物の寝室へと向かった。

白龍は用心深いらしく、寝るときはいつも窓を閉めたうえに鍵をかけて、扉には閂も通して厳重に戸締まりをする。しかし俺にかかれば施錠された部屋を開けるなんてのは朝飯前どころか目を閉じていても出来るようなことだ。今回も懲りずに鍵をかけてはいるが魔法であっさりと外した。
浮遊魔法を使い音を立てないように白龍の寝室にそろりと入る。俺の目的である白龍は、ベッドの中で安心しきった顔ですうすうと寝息をたてていた。
ここ最近、特に白龍とはまともに口を聞いてなかった気がする。顔をまじまじと見るのも星空観賞をしたあの日以来だ。姉の白瑛に似てるのもあり、黙ってりゃそこそこなのによと言ったら怒らせてしまったこともあったような。

「ん、…」

そんなことを頭に巡らせていたら白龍が僅かに身じろいだ。もしかして起こしたかと背筋が強張る。けれどそれは単なる杞憂だった。

「め、…し、んかん、どの、… …」

そう小さくつぶやいて、それきり白龍はまた規則正しい呼吸を繰り返すだけになった。ていうかこいつの夢の中に俺が出て来ているのだろうか。なんだか胸のところがくすぐったい気分になる。何故か頬が少しばかり緩んだ。

「ったく、…気ィ抜きまくりの間抜けなツラして俺のこと呼んでんじゃねえよ」

俺は白い頬を指先でつん、とつついてそう言い残してから、おまけも兼ねて額に軽い口づけも落としてやった。こんなにわくわくしたのは小さな頃に夢中でやったかくれんぼが最後だっただろうか。紅玉へのいたずらが上手くいった時もこんな気分だったな。とりあえず白龍が起きてしまわない内に、と俺はまた入って来た窓から部屋を出た。
明日は何も知らない白龍を久しぶりにからかってやろう。






***

神官殿は本当に自分勝手で、彼の行動で俺はいつも迷惑ばかり被(こうむ)る。今回もそうだ。また魔法を使って人の寝室に黙って入った挙げ句、寝ている人間の額に、せ、接吻までしていくなんて…!破廉恥極まりない…っ!思い出すだけで顔も、耳も熱くて仕方ない。
もう今夜はこのまま眠れそうにないので、明日いかにしてこの接吻の責任を取らせるか考えなくてはならなくなりそうだ。





白龍くんbotの寝言から光速で話を叩き出しました…久しぶりに創作意欲漲るお気に入りの話になりました




×
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -