※イナGO初期の時間軸設定なので霧野がまだ松風呼び


いったい何の気まぐれなんだろう。先輩からその言葉を聞いて最初に頭を占めたのは、うれしいとか楽しみとかいった良い感情ではなく、不信感すら抱かせるほどの強い疑問だった。
たしかに、霧野先輩と親しい間柄だったり好意を持ってるなら笑顔の彼からの「今日の2限、話があるから北棟の屋上に来いよ?」という言葉はプレゼントのようなものだろうけど、あいにく俺は真逆だ。というか、これがうれしくない原因はむしろ先輩にあるはずだ。だって先輩はいつも俺のことが気に入らないような素振りしか見せないのだから。
だからといって理由もないのに先輩の誘いを断れば、俺への当たりが今よりも悪くなるだろうということは容易に思いついた。体育会系の性質をいいとも悪いとも思ったことはなかったけれど、今はじめてこの縦社会の決まりを嫌だと感じる。はあ、と小さくため息をもらして、授業を抜けるための言い訳を考えながら廊下を歩いた。

***


初夏の刺すような太陽光がガラスから差し込んで、ぬるい空気をじわじわと暖めていく。まだ午前中だというのに太陽は寝坊もせずによく働くものだ。もうすこし休んでくれててもいいのに。
この時間ですでに暑いので学ランは教室に置いてきた。帰り道荷物になるけど仕方ない。
あの律儀な松風のことだから俺より先に屋上で待ってるんだろう。この暑い中であんまり待たせるのもすこし可哀想な気がするので、首にまとわりつく汗を手の甲で拭いながら足を速めた。


***


屋上にはまだ誰も人がいなくて、見えるのは錆びたフェンスとぽっかりと晴れ渡った眩しいほどの空だけだった。日を浴びていると汗が滲んでくるので陰に移動する。日が当たらないコンクリートの床はひんやりしていて気持ちいい。俺の頭のほとんどを占めていた、霧野先輩がどんな用で自分を呼び出したのかという疑問が輪郭を曖昧にしながら、すこしだけ太陽に溶けていった。俺は冷たい床とプレハブの壁に体重を預けて、霧野先輩を待つことにした。


***


こうして急いでいるときに限って、物事とはなかなか自分が思うようには運んでくれないらしい。ただでさえ前の授業が移動教室だったために屋上から遠い教室に行かざるを得なかったのに、いざ目的地へと教室を出れば教師から教材を運ぶのを手伝ってくれと頼まれて。こんな時間からどうして汗だくにならなくちゃならないんだ。
俺から時間を指定したのに15分も遅れただなんて神童辺りが聞けば苦い顔をしそうな話だ。すでに暑さと疲労で萎えた気持ちを奮い立たせるためにはあ、とひとつ息を吐いてから、屋上へと続く階段を一段ずつ上っていく。一番上の踊場へ着き、外からの強い日差しを通す磨り硝子の窓がはめ込まれた薄いドアを勢いよく開け放った。
暑い空気が全身に絡みつくのを不快に感じながら、目を細めて松風を探す。たぶん日陰にいるだろうと見越して、自分が出てきた場所と反対の、陰になっている側の壁を覗きこんだ。すると案の定、キャラメル色のふわふわと空中に遊ぶ特徴的なくせっ毛が視界に現れた。壁に背を預けてちょこんと座っている。
よく見れば三角座りをしている松風の肩は規則正しくゆっくりと上下していて、眠っていることがわかった。首にはうっすらと汗が滲んでいる。どうやらけっこう待たせてしまったらしい。先に来ていたのはいいが先輩との約束を前に寝こけたところは少し減点だな。

「まつかぜ」

声をかけてみたが起きる気配がない。けっこう眠りが深いようだ。少しだけ開いている小さな唇からはすうすうとちいさな寝息が聞こえてくる。あまりに心地良さそうな寝顔に、なんだか起こすのが忍びない気分になった。
澄んだ夏空のような明るさを湛えている瞳は、閉じられたまぶたの奥にあるため今はうかがえないことを少し残念に思う。

「…天馬」

天を駆ける神々しい動物の名を持つ少年をもう一度ゆっくり呼んでみる。誰に聞かせるでもなく、彼の名前をかたどった俺の声は暑い空気に溶けていった。
先ほどから背中に太陽を受けたまま立ち尽くしていたせいでいい加減焦げそうな気がしてきたので、俺は松風の隣に腰を下ろして、今日は惰眠を貪ろうという結論を出した。後で神童に怒られるだろうなあと苦笑いが浮かぶ。
そうだ、なら松風も共犯にしてやろう。松風の寝顔を見てたら俺も眠くなりましたとか言い訳しよう、半分意識が閉じかけている頭でそんな馬鹿げたことを思いながら、俺は蝉の声を子守歌がわりにまぶたを下ろした。




内緒の空時間(誰も知らない、二人だけの)






お題配布元:Fortune Fate様
松風天馬くん受けの素敵企画、「新たな風を背に」に提出させていただきました
完成までにかなり時間を要してしまい、主催さんには申し訳ない気持ちでいっぱいです…!
でも大好きな蘭天で書けたことをとても幸せにおもいます!
この度は素晴らしい企画に参加させていただき、本当にありがとうございました^∇^



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