白竜が訓練後もトレーニングルームで練習をしていたと知ったのはいつだっただろうか。元々こいつがずば抜けたサッカーセンスを持っていることは知っていたが、才能に溺れることなく己を磨く努力を続けていたことにはひどく驚かされた。普段の振る舞いからは想像し難い姿だ。
この施設での厳しい訓練のあと、トレーニングルームに残る者は珍しい。大抵は皆限界まで酷使した体を引きずりながら自室へ戻るのが普通だ。だから白竜がこのような特訓をしているのを知る人間はどうやら俺だけらしく、そこにほんの少し優越感がある。まあ俺がこの事実を知ったのも、些細な偶然によるきっかけからなのだが。

それはある小雨の降り続く日だった。雨が降ると、晴れた日に比べてやはり空気や雰囲気がじっとり沈むように感じる。訓練を受けている連中も動きのキレが悪かったり、上手く調子が出せないらしいやつもいた。そんながたついた訓練後はいつもより帰りの足取りもなんとなく重かった。自室にすぐ戻るような気力も起きず、汗を拭きながらゆっくり歩いていたときだった。
隣のトレーニングルームに人影が見えた。あれほどきつい訓練をしてまだ体を動かすエネルギーがあるのかと思い珍しく興味が湧いた。静かにドアを開け中の様子をうかがうと、色素の薄い髪をなびかせながらボールを軽やかに操る白竜がいた。
頭で思うよりも先に目が白竜を捉えたまま動かせなくなった。ただひたすら、舞うようにボールを相手にする白竜から目が離せなかった。

それ以来俺はたびたびこのトレーニングルームに訪れるようになった。鈍いのか集中力がすごいのかわからないが、白竜は俺が見ていることは未だに気付いていないらしい。楽しそうな顔で自由にボールと戯れる白竜はここでしか見られないから、もう少し気付かないでいてほしいけれど。

今日もまたトレーニングルームに入っていく白竜の背中を目で追いかける。最近は気付くと白竜を探してしまうようになっていた。
扉をそっと開けて中を伺うと、トレーニングルームの広さなどものともせず髪をふわふわと風にあそばせながら、頬を上気させてボールを追う白竜の姿があった。

「…綺麗だ」

ぼんやりとそれに見入って、俺は思わずそうつぶやいていた。途端に白竜がこちらを振り返って驚いたような顔をする。俺がいることにようやく気がついたらしく、操っていたボールをぽんと手の中に収めた。

「…!剣城、おまえ、いつから」

手の甲で汗を拭い、その場に立ったまま問いかけてくる白竜。珍しくばつの悪そうな顔をしていた。

「ん…まあ、ちょっと前から」
「…そう、か」

いつもに比べて妙に歯切れの悪い白竜の受け答えに俺は不思議でたまらず、内心首を捻る。毎日俺につきまとってきていたのが嘘のような今のよそよそしさに違和感すら覚えていた。

俺はこの環境下で他人と馴れ合う気などはさらさらなかった。一人でいるのは全然苦ではなかったし、周りもそれを薄々感じているのか俺に関わってこようとする奴はいなかった。ただ一人白竜を除いて。俺の実力に目をつけ、気に入ったのか何なのか、俺がどんなに無視しても避けても執拗にくっついてきたのが白竜だった。
これは自惚れとか自意識過剰ではなく、今までの白竜の行動を見てきたうえでの確信だ。

それが今は足早にタオルを取り上げ俺の横を避けるようにすり抜けていこうとする。目だけでそれを追いながら、急に胸の底が焦りに焼かれた。
俺は気付いたら白竜の白い腕を掴んでトレーニングルームの出口へ向かうのを引き止めていた。

「つ、るぎ?」
「…んで」
「なんで避けんだよ」
「…っ」

口をついて出た言葉に従って疑問を投げると、白竜はわずかに肩を揺らしたあと俯いたまま口を噤んでしまった。
白竜の程良く筋肉のついた腕を握りしめたまま、気まずい沈黙に包まれる。白竜が俺と目を合わせようしないため、普段あまり見ることのない耳の裏側から首筋や菫色の髪の生え際が俺の目の前に晒される。少し朱が差している白い首筋に汗がつうと伝って、その様に目を奪われた。どきりと一際大きく心臓が跳ねてから、自分が白竜をどういう目で見たか気付いて耳が熱くなった。

「っはなして、くれ…」

こちらを振り返り眉を下げ、困ったような表情で目線を彷徨わせながら言われて、それが蓋をしていた感情をこじ開ける引き金になった。

「離さない」
「な、……っ」
「なんでそんなに避けるんだ」
「そ、れは」

腕を掴む力を緩めずに、揺らぐ瞳を真っ直ぐ見据える。白竜はちらちらと俺の顔色を伺うように視線を寄越してから、観念したのかようやくぼそぼそと話しだした。

「俺が、その… 汗、かいてるし…埃っぽいから… …近付きたく…なくて」

話しているうちに恥ずかしくなったのか、俯きながらだんだん語尾が消え入るように小さくなっていった。最後なんて聞き取れないほどだ。どこの乙女だ、と思いながら見れば白竜は頬から耳まで赤くして、伏せられた長い睫毛が震えていた。
俺は込み上げてきた感情に突き動かされるまま、目の前の桜色に染まった首筋に鼻先を近づけた。そのままくん、と確認するかのように匂いをかぐ。汗の匂いと、髪から漂う少しばかりの石鹸の香りとが絶妙に混ざった匂い。

白竜の、匂いだ。

「……この匂い、…興奮する」
「な…っ!剣城っ…!」

戸惑う白竜をよそに俺はその首筋を前歯でとらえる。白竜の肩が跳ねたけれど、無理やり逃れようという抵抗はなかったので、そのままその箇所をべろりとひと舐めしてから薄い肌に吸い付いた。小さな鬱血痕は白竜の白い肌によく映えている。まるで真紅の花びらのようだ、とそれを見つめて満足感に支配されながら思った。









京介はストイックで普段の感情の起伏が乏しいぶん、箍が外れたら色々反動が大きそうだな〜とおもいます
あと匂いフェチだとわたしが美味しいです




×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -