この間の古典の授業で、陰暦で数えると今の時期はすでに春が終わりに近いことを知った。今の暦だって、カレンダーを2月から3月へめくったのだからいい加減春一番くらい吹いてほしいと思うのに、身体に触れる風はいまだに冷たい。もうすこしマフラーも手袋も手放せない日々が続きそうでうんざりした。
寒くても晴れていればサッカー部の練習は外で行われる。かじかむ指先をポケットに入れたカイロで暖めながら、小走りでグラウンドへ出る。いくら長いジャージを着てたって薄手だから完全には寒さをしのいでくれなかった。

「はー、今日も寒いですね!」
「だなあ、うー…早く春が来いよ〜」
「水鳥ちゃん、手つめたい」
「茜はあったかいなぁ」

マネージャーたちが準備をしながら口々に話す内容が耳に入ってきた。彼女たちは普段スカートだし、ジャージもハーフパンツだから寒そうだ。
ぼんやりとそちらを見ていたら鋭いホイッスルの音がグラウンドに響いてはっとする。いつの間にか練習が始まる時間になっていた。慌てて円堂監督の元へいき、天馬くんや剣城くんと目で挨拶をした。天馬くんはサッカーが出来るならどんな天気だろうとお構いなしみたいだ。いつも楽しそうで羨ましい。
練習メニューを聞きながらふと空を見上げたら、雲一つなく一面真っ青で、なんとなく空野さんの綺麗な瞳の色と似ているなあと思った。


***


練習の途中にトイレへ向かった帰り、重そうなクーラーボックスを一人で抱えながらよたよたと歩く空野さんがいた。先輩の姿は見あたらなかったから、他の用事で手伝えなかったのだろう。俺はずるいから、いつもなら見ないふりをしてさっさと先に行くのだが、今日はなんだか放っておけなかった。剣城くん風に言えば、ちょっとそういう気分になっただけ、なんだろう。ていうかあんなちんたら歩いてたらいつまで経っても着かないし。あとクーラーボックスを落とされたら困るからだ。それだけ。

「重そうだなあ、持とうか?」
「あ、狩屋くん…ありがとう」
「どういたしまして」

これは女子には重いだろうなあと思いながら、持ち上げたクーラーボックスの紐を肩にかけ直す。横に並ぶ空野さんをちらりと見たら、まばたきで長いまつげが揺れたのが見えた。空野さんはあまり背が高くない俺よりもまだ小さいし、指も腕も細い。それになんだか甘い匂いがした。今更だけど、彼女は女の子なんだなと思う。男とはやっぱり全然違うんだ。
ゆっくり階段を降りて、グラウンド脇のベンチの前にクーラーボックスを置いた。ちょうどそろそろ休憩も終わりのようだ。

「狩屋くん、運んでくれてありがとう。重かったからすごく助かったよ」
「このぐらい全然いいよ」

空野さんもクーラーボックスを置いてから、俺を見てにこりと笑う。その笑顔に心臓が跳ねたのがわかった。

「あ、そうだ!何か今度お礼…」

気づいたら俺は、彼女が思いついた!という顔で言おうとするのを遮り彼女の唇を塞いでいた。さっきのとは別に、触れた唇からも甘い香りがしたから、これはきっとリップクリームの香りなんだろうと思った。

「お礼はこれでいいよ」

いたずらが成功した時のような胸の高鳴りを聞きながら、頬を桜色にして唇を押さえる彼女を見て俺は意地悪くにやりと笑った。あとで怒られるだろうけどそんなの全然構わない。
いつの間にか寒さなんてどこかへいってしまった。俺にだけ一足先に吹いた春一番は、いつまでもあたたかく胸を弾ませた。





青い春一番



イナGOでは初のNLです!
女の子はみんなかわいいので誰と組ませるか迷うんですが今回はマサキと葵ちゃんにしてみました





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