※シュウくんと白竜くんの出会い
※いいように捏造


初めて、ここへ来てから施設の外をまともに歩いた。正確には二度目なのだが、最初は施設へ向かうためにただ通り過ぎただけなので景色など記憶にないに等しい。
牙山教官にはきちんと外出許可を取った。脱走を試みる輩もいると聞くので、施設から外出するのは本来難しいらしいが、俺に限って逃げ出すはずがないからなのかあっさりと外出を許してもらえた。

施設内の重く堅苦しい雰囲気に似つかわしくない、限りのない青く抜ける空と、やわらかい光を散らす太陽。静かな空間に、遠くにある滝が岩をたたく音がかすかに響く。悠久の時を辿ってきた自然が、時間という概念を麻痺させていく。
首を左に向けると、奥の見えない森の入り口が視界に入った。
なんとなく興味が湧いて、そちらへと足を動かす。一歩二歩と土を踏みしめながら中へ入れば、ひんやりとした空気が肌をなでた。吸いこむ空気が先ほどの崖の辺りよりもしっとりしている。青々としたたくさんの葉を揺らしながら鬱蒼と茂る背の高い木々が、日の光を遮るせいで森の中はけっこう暗い。生き物の気配はないが、風が葉を揺らすさらさらという音や、小鳥の鳴き声が心地よく耳になじんだ。
小さなころに近所の林なんかをわくわくしながら探検したことを思い出す。一人だが怖いとかそういった感情はまったく湧かず、この先には何があるのか、どんな景色が見られるのかと期待に胸をふくらませてやたらと歩き回ったものだ。

ゆっくり歩いていたら小枝を踏んだようで、ぱちんと足の裏で音がはじけた。それと同時に上から声が降ってくる。

「君はだれ?ここは僕の森だよ」

少年の声なのに、ずいぶんと落ち着き払ったトーンだ。突然のことに声がした方を急いで見上げると、太い枝に腰掛けた少年がこちらを見下ろしていた。歳は大して変わらなそうだ。
黒いなめらかな髪を翡翠色の玉飾りでくくり、先を赤と白に染めている。大きな瞳は黒、とは言い切りがたく、例えるなら、奥の見えない森のような深みを湛えていた。

「俺は白竜、おまえは何者だ」
「僕はシュウ」

そいつは自分の名前を告げると、ふわりと地面に降りてきた。靴と地面が触れあいとん、という体重を感じさせない軽い音をたてる。

「この島に昔から住んでるんだ」

そう言い終えるとやわらかく口角を上げて、瞳を細めて笑う。年相応のあどけない笑顔に警戒心を削がれて、俺はシュウと名乗った少年へと近づいた。

「改めて自己紹介をしよう。俺は白竜」
「この島に建てられているゴッドエデンという特訓施設から来たんだ」
「うん、あの大きな建物だよね?知ってるよ、…森の生き物たちが怖がっていたからさ」

一瞬言葉を切ったあと、明るかったシュウの声が急に怒気を含んだ地を這うような響きに変わり、ざわりと悪寒が走った時にはもう遅かった。
腕を掴まれたと思った刹那、俺の視界はあっという間に反転し地面とぶつかった背中が痛みを伝えてくる。ようやく焦点が合うと、青空を背景に俺を冷たい瞳で見下ろすシュウが目に入ってきた。俺は地面に押し倒されていた。

「っ…!」
「許せないんだよなあ、自分たちがどれだけ木々や森に守られて支えられながら生きてるかも知らないで、傲慢に振る舞うやつらが」

捕まえられた腕を振りほどこうとするが、まったく動かない。この細腕にどんな力があるというのだろう。

「…、っは なせ…!」
「だーめ」

またあどけない笑顔でことりと首を傾げるが、要求はあっさりと却下されてしまった。どうやらただではこの状況から抜け出せないらしい。
どうしたらいいのだろう、と思案しながらもシュウと視線を合わせることは憚られたので、空中へと焦点を泳がせる。光を含まない目は、見つめれば吸い込まれそうな気がしたからだ。

「んー…そうだなあ、これから僕が白竜に何しても、我慢できる?」

すこし考える素振りを見せてからシュウが言ったことは、「君は逆上がり出来る?」というくらいの気軽さを纏っていながら内容はとんでもなかった。

「…は…!?」

突拍子もないシュウの言葉に、俺はついていけず間抜けな返事をするしかなかった。大体なぜ俺が悪いことをした罰を受けるみたいな話になっているんだ。けれどここで反論を口にしても、シュウが俺を放すとは思えないので仕方なく肯定の意を伝える。我慢できるかと聞くのだから、いいことではないのだろう。

「…ああ」

風が肌をするりと撫でながら、俺とシュウの間を吹き抜ける。
今日は軽く森の中を散歩して、豊かな自然に癒されてから帰ろう、くらいの気分でここへ来たのに。とんだ横槍を食らったものだ。
心の中でため息をついて、この不運を嘆いた。これから何をされるのだろうという一抹の不安がもやもやと広がって落ち着かない。

「よし、じゃあじっとして…目を閉じてね、開けちゃだめだよ…?」

シュウの言葉のとおりに瞼を閉じた。視界が真っ暗だとより不安が掻き立てられる。
一瞬、森のつよい香りが鼻腔をくすぐったと思ったら、唇にあたたかさと柔らかさを感じた。次に口の中に入ってくるぬるりとした感触に思わず目を開けて、驚きはさらに濃くなった。
キスをされている。しかも同じ男であるシュウに。
突き飛ばそうにも腕はシュウによって地面にしっかりと縫い止められていて、俺はこのキスを甘受するほかなかった。どうして、という疑問は、たちまちこの深く甘いキスに溶かされていった。

「ん…!っ、んん…ぅ… ゃ …ふぁ…」

ちゅくちゅくと唾液の混ざる音が恥ずかしさを煽り、聴覚を犯していく。口の中をやさしく舐る舌に抵抗する力を奪われる。角度を変えられるたびにぞくぞくとした震えが背を駆け上がった。
最後におまけと言わんばかりに、ちゅ、とわざとらしく音をたててから名残惜しそうに唇が離れた。
唇の端から唾液が伝うのを気に留める余裕もなく、ようやく解放された唇で酸素を必死に貪った。

「はい、よくできました」

今までのキスなんてなかったかのようにけろりと告げる目の前のこいつを殴ってやりたい衝動に駆られる。

「っふ、ふざけるな!」
「ふふ、白竜、顔真っ赤でかわいい」

口元を拭いながら怒りをぶつけるも、まったく会話がかみ合わない。完全にからかわれているのがわかって悔しくなる。このキスのせいで腰まで抜かされてしまった。

「今回は見逃してあげるよ」

またにこりと笑って、シュウは踵を返した。腹が立ちつつもようやく嵐が去ると安心しかけたそのとき。

「これくらいで腰抜かしてちゃだめだよ?ま、かわいいけどね」

最後に大きな爆弾を落として、シュウは帰っていった。このあとしばらく訓練に身が入らなくなったのは言うまでもない。





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