「狩屋、」
遠慮がちに俺の名前を呼ぶ鈴みたいな声が、鼓膜をそっとふるわせる。さっき霧野先輩と一悶着あったものだから、彼なりに俺に気を遣っているようだ。戸惑いがありありと伺える表情、困ったように空(くう)をつかむ手。
ほんとう、優しくて馬鹿なんだなあ。
天馬くんの行動をひとしきり眺めてから、静かに息をこぼしてくすくすと笑う。俺の笑い声がそんなに思いもかけなかったのかきょとん、と大きな目を不思議そうにぱちぱちさせている。天馬くんのこういうところが面白くて俺を飽きさせない。
「大丈夫、天馬くんに対してはちっとも怒ってないよ」
「あ、ありがとう」
人と上手に付き合うために覚えてしまった笑顔で天馬くんを安心させる。疑うなんてことを知らないような性格の彼を信じ込ませるなんて簡単なことだ。
「―…」
一度話を打ち切ったけれど、こちらに視線をひとつふたつ寄越して、まだ何か言いたそうにしている天馬くんに、なあに、と俺も目でたずねた。
「狩屋がもし本当にシードでも、…俺っ、狩屋のプレー好きだから!」
恥ずかしげもなくまっすぐ言い放たれたそれに、今度はこちらがきょとんとする番だった。心の底からお人好しらしい。このサッカー部に溶け込むためには利用のしがいがありそうだ。
「ありがとう」
笑顔でお礼を伝えて、帰るために天馬くんから背を向けた。
「狩屋、また明日!」
今度は明るい声で俺の背中に叫んでいる。きっと嘘なんてすこしも混じっていない笑顔なんだろう。
さっき俺のプレーを好きだと言ったときの天馬くんの顔がふいに頭をよぎって、どうしてか心臓が小さく軋みをあげた。優しくて、なんだかくすぐったかった。
あまのじゃくロミオ(あんなのぜったい、好きになるはずないんだ、あんな能天気ジュリエットなんか)
初マサ天…になりきれなかった何か、とでもいいますか…
恋にはまだなってなくて、天馬ちゃんに絆されそうになっている自分をまだ認めたくないマサキです