消えていく街
1. ザイオン(2)
一段落したソラは、聖堂へと入る。聖堂はそう古くはないものではあったが、ザイオンの風景の中にぽつんと建つ姿はどこか郷愁を感じさせる。
石造りの内部は人の熱気で温かい。その温もりさえソラの心を揺さぶる。
二階席を見上げる。法衣を着て歌っている聖歌隊の中にカヒがいた。髪を高いところで一つに結い、生気に満ちた目をしている。階下にいるソラに気づくと瞳の輝きが増した。二人はいたずらを思いついたように共犯者めいた笑みを交わす。手の一つでも振りたいところだったがさすがにそれは我慢した。
壇上では導師がソラを待っていた。最前列の信者たちと談笑していた彼はソラの姿を認めると、笑みを深める。パイプオルガンの音色が響く中、ソラは導師と会話する。会話といっても導師が一方的に問いかけてソラは頷くか首を振るだけだ。それは大抵、聖堂の掃除や信者の様子、ソラ自身の体調についてだった。
「カヒが来ているようですね」
ソラは頷く。カヒは有志の集った聖歌隊の一員だ。だが、法衣を着て歌っているのは数える程で、ほとんど、この聖堂に姿を見せることはなかった。
その上、どこにいるか聞けば必ずといっていい程、暴動の起こった地域にいた。ソラは野次馬も大概にするように言いたかったが、どう伝えてもカヒはやめなかった。
「カヒも妙な遊びをやめればいいのですがね」
ソラの心に同調するかのように導師が苦笑いを浮かべる。
導師はソラとカヒが不必要に仲良くするのを心良く思っていない。カヒの行動も理由の一つだったが、ソラが将来、導師になるのならどうしても異性との関係を絶たなければならないからだ。
今はまだ許されているが、その内厳しく制限されるだろう。導師としてはカヒの行動を諫めたいところだが、だからといってそれでソラとの仲を許す訳にもいかず、それ故の苦笑を浮かべるのだろう。
もっとも、導師はソラに彼のような聖職に就くことを強制している訳ではなかった。しかし、ソラとしても導師の思いを感じていたし、自分が他の職に就けることを楽観視はしていなかった。
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