消えていく街
0.無垢の代償
雨が降っていた。
土砂降りの雨で、周囲の音も色も皆、水の中に吸い込まれていた。
雫が落ちて水溜りに王冠を作った。
次々と落ちては水面に波紋が出来た。
眺めている間は何も考えなくていい。
冷たくなっていく体も気になんてならない。
消えていく街
彼を発見したのは優しい夫婦だった。隣に住んでいて、いつも彼に笑顔を向けてくれた。お腹が空いていれば少ないけれどと言って家に招いてくれた。
だから今も彼の為に泣いている。
「どうしてこの子がこんな目に合わなければいけないの」
女性は自分のことのようにそう言った。
男性は黙って伝道師のほうを伺った。
「彼を川へ流しましょう。その後は私が面倒を見ます」
「うまくいくのでしょうか」
柵のこちら側の人間は許可なく勝手なことをしてはならない。柵の向こう側へ伺いをたてて何日も待たなければならない。それだっていつのまにか忘れられていくのだ。
「大丈夫です。私が立ち会えば少しは融通がきくでしょう」
その言葉に男性は頷き、女性はまた泣いた。
「あぁ、良かった。あなた、聞いたわね。もう心配いらないのよ」
最後のほうは彼に向かって言い聞かせた。彼はきょとんとした表情でずっと口を利いていない。女性にはそれがまた涙の原因になるようだった。
冷たくなった体に暖を与えてやるように、何度も何度も頭を撫でながら抱き締めた。
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