消えていく街
2. 革命家(3)


 男は何をしに来たのだろうか。カヒを窺うと彼女は男の消えた後をじっと見ていた。不安と怒りが彼女の中で渦巻いているようだった。
「ソラ。あの人が何を言っても耳を貸しちゃだめよ」
 不思議そうな顔をするソラにカヒは重ねて言った。
「お願いね」
 ソラはカヒの目を探る。そこには心配と懇願の念がこもっていた。
 ソラは男を思い出す。男の目にはまっすぐ過ぎる信念が宿っていた。あまりにも一本気過ぎるので反感を買いやすいのだろう、とソラには思われた。悪い人間ではないのだ。
 だとしたら、自分は男のことを無視できない。ただ、話を聞くことはするが言う通りになることはない、と思った。
 ソラはカヒに頷いてみせる。心配することはないと伝えるため、ソラはカヒの頭を叩くように撫でた。
 揺らいでいたカヒの瞳が光を取り戻して、安堵の表情を見せた。やがてそれが心を決めて緊張した顔になる。
「ソラ……私の話を聞いてくれる?」
 恐る恐る切り出すカヒにソラが再度頷く。
「私ね――」
 私、と呟いてカヒは口ごもってしまう。
 ソラがカヒの伏せた瞳を縁取る長い睫毛を眺めていると、その瞳が一つまばたきをしてソラの背後に視線をやった。
「リト!」
 ソラが振り返る間に、カヒは素早く移動して人影に近づく。色素の薄い髪が揺れながらソラの側を過ぎていく。人影はリト――カヒの父親だった。
「早すぎたか?」
「……ちょっとだけね」
「イチが聖堂に行ったって聞いてな。悪かったな。ソラも」
 立ち上がったソラにリトは困った顔をした。
「前からソラの信奉者なんだ、イチは。何か言われても気にするなよ。――あいつも悪い奴じゃないんだけどな」
 カヒと同じことを言いながらも、ソラと同じ印象を抱いてもいるリトに、分かっていると一つ頷く。途端に彼は相好を崩した。
「ソラは素直だな。見習えよ、カヒ」
「もういいでしょう、リト。サワさんと話しててよ」
 リトの背中を押してカヒが言うと、同じタイミングでサワがこちらに向かって歩いてくる。
「何ですか。皆さんで同じ顔して。私の顔に何かついてますか」
 鷹揚に笑いながらサワが言うと三人はほぼ同時に首を横に振った。サワは今度は苦笑を浮かべた。
「リト、話があります」
 ここではちょっと、と言う言葉に従ってリトはサワと聖堂の奥へ行ってしまった。
 ソラ達は見るともなしに二人を見送った。しばらくの沈黙の後、カヒが落ち着きなく、そわそわとしはじめた。話の続きをしたいのだろう。
 ソラは座り、隣の椅子を叩いてカヒを促した。カヒは一端は座り、気まずそうに手を組んだり解いたりしていたが、意を決して口を開いた。
「ソラ。明日、ザイオンの西地区に来てくれる?」
 西地区といえば、『川』が近い所だ。何故そんな所にと思ったがカヒの思いつめた顔を見ると聞くこともできず、ソラは頷くことしかできなかった。



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