hell or heaven
あなたに出会った


 その日、自分は何もかもが嫌になっていた。住宅街の路地裏に薄く積もった雪を踏みしめると、靴の下で溶けてそこだけ黒く汚れた。意味もなくそんな行為を繰り返す。この世の美しいものが消えて、汚れたものだけが自分の目に映るようだった。
 自宅に着くと窓から見える家の中は暗かった。近所の窓という窓には明かりがつき、家族の団欒の声がするというのに、自分のこの有り様はどういうことだろう。
 胸に去来する感情をやり過ごしながら玄関を開けると、破裂音と光に見舞われた。明るい日常と人の気配。眩い光に目が慣れてくると、二人の友人がクラッカーを手にして玄関のホールに立っていた。悪戯が成功した子供のように互いに笑顔を浮かべている。
「おっかえりー」
「おかえり」
「待ってたのに、遅いんだもん」
「遅かったな」
「早く入って入って」
「早く入れ」
 矢継ぎ早に言われ、二人にそれぞれ両方の腕を引かれた。室内は温かく、ささくれ立った心を癒やすようだった。
 廊下を進みながら明かりをつけていく。普段と変わらないはずなのに、壁の染みや隅の暗がりがよく目につく。
 リビングに入ると他と同じように暗かった。そこで違和感を感じる。三人以外の別の生き物の気配がする。
「電気つけろよ」
「まだ待って」
 友人の一人、ハイシロがパタパタとリビングの奥に行く。
「ヘイクロ、いいよ」
 ハイシロの双子の兄、ヘイクロがスイッチをつける。ソファーの近くに立っているハイシロは小さな布の包みを抱いていた。
「ツァサも人が悪いんだから。教えてくれても良かったのに」
 大事そうに抱えた包みを見せられても、何のことだかわからなかった。頭が追いつかない。
 ハイシロが包みを差し出す。自分は反射的にそれを腕に抱いた。生きている温もりが肌に伝わる。混乱の末、発した疑問は自分でも間が抜けていた。
「どうして、赤ん坊がここに」
「どうしてって、自分で申請したんでしょう」
「何を」
 そこで二人は顔を見合わせた。ヘイクロはいつものポーカーフェイスだったが、ハイシロははっきりと驚いていた。
「申請したんじゃないの……コウノトリ便」
「違う」
「じゃあ、この子」
「ああ、俺の子じゃない」
 言った瞬間、腕の中の重みが増した気がした。
 気軽には扱えないのが、命。その命の塊のような赤ん坊を抱いているのを恐ろしく感じた。
「おい、お前の管轄だろう。何とかしてくれ」
 隣で眉一つ動かさないヘイクロに視線をやる。ヘイクロは派出所の駐在員だ。中央派出所は街の秩序と安全を守るために円滑な活動を進められるよう点在された、中央のいわば手足だ。駐在員はれっきとした中央の一員だが、実態は迷い子受付係となっている。
「その子は迷い便なんだろう。だったら管轄外だ」
「仮にも生きてる赤ん坊を迷い便扱いかよ。でも、コウノトリ便の誤配なんて聞いたことないぞ」
 三人で頭を悩ませてもいい対処方法が見つからない。重たい沈黙を破ったのはヘイクロの鶴の一声だった。
「支部に行かないと駄目だろうな」
「支部か。鬼門だな」
「ツァサにはね。私たちには関係ないよ」
「冒涜者と『家族』なんだ。同類と見なされるさ」
「ま、今更な話だけどね」
 赤ん坊を改めて見てみると、すやすやと安心しきって眠っている。この子の親はさぞかし心配しているだろうと思った。
 双子が物言いたげに自分と赤ん坊を見つめている。だが何も言わない。その気遣いはとてもありがたかったが、同時に疎ましくもあった。
「とにかく、支部に行ってみるか」
 言ってみたが、一抹の不安は拭えなかった。
「この子は生きてるんだ。簡単に事が進むとは思えないけどな」




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