hell or heaven
あなたに連れられた 8


 所長を振り返ると、ふくよかな顔に満面の笑みを浮かべてベビーベッドに近づいた。
「ツァサさんの選んだ、この子です」
 ハイシロが不満の声を上げる。肺活量のありすぎるその叫びを、口を塞いで止めた。頭を軽く叩くとハイシロは小さく謝罪した。
「そうかぁ、名前はキファンちゃんに決まったんだ」
 ベビーベッドのネームプレートに名前が記載してあった。
「抱いてみますか」
 所長の言葉にハイシロが大きく頷く。だが、いざハイシロが抱こうとするとキファンはむずかった。
 おろおろとあやす姿を所長もヘイクロも微笑ましそうに眺めている。そんな二人はあてにできないと悟ったハイシロはこちらに助けを求めた。
「ツァサぁ」
 仕方がない、とキファンを抱き取る。自分でも無理だろうと思ったが、予想に反してキファンは泣き止んだ。
「泣き止んだな」
「あら、珍しい」
「ツァサだけ狡い」
 勝手なことを言っているハイシロを無視して、キファンをベッドに戻す。不意に指先に温もりを感じた。キファンがその小さな指先で人差し指を握っていた。
「原始反射だな」
「ツァサだけ狡いぃ」
 再び肺活量を活かして叫びをあげようとしたハイシロをデコピンで止める。
「キファンちゃんは最近、人見知りするようになったんですよ」
 所長は何度となく珍しい、と繰り返す。
「ツァサは子ども受けが悪いんですよ。それなのに狡いなぁ」
「狡い狡いって、好かれても得することなんてないぞ」
「そうかな」
 首を傾げてハイシロは言う。
「こんな可愛い子に好かれたら心がほわってなるよ。それに情が湧くじゃない」
「情なんて湧いても仕方ないだろ」
「ツァサは相変わらずだね」
「いや、案外、情が移ってるんじゃないか」
 滅多なことでは表情筋が動かないヘイクロが笑っている。なんだよ、と低い声を出すが相手は口元を歪めるだけだ。もはや「笑う」ではなく「嗤う」だ。底意地の悪いその笑みを見ると、確かにハイシロと双子なんだと思わされる。
「お前、ずっと顔がニヤついてる」
 思わず口元を片手で覆った。キファンに握られていない方の手で、というのが自分でも憎い。
「ツァサ」
 せめてもの抵抗で、ヘイクロを睨む。締まりのない睨みだという自覚はあった。けれど、ヘイクロは一転してこちらが驚く程柔らかな笑みを称えていた。
「もう、お前の傷は癒えたんだな」
 ……あぁ、本当にこいつらは。
 泣き出したくなって堪らなかった。世界で一番憎たらしくて、一番愛しい俺の家族。じんわりと胸が熱くなって、込み上げてくるものを笑顔でとどめた。
「……ありがとう」
 きっと最高に笑える顔をしているだろう。双子は仲良く微笑んで、自分とキファンの繋がれた指先を見つめていた。




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