夜は魔法使いのため
第一話 鐘は誰がために 4


 破片はとても美しく見えた。聖堂の鐘の音が鳴り響く中、ひどくゆっくりとした光景を眺めながら、フィデリオは最後の一節を歌い終えた。
 息が乱れた。久しぶりに歌ったのだ、という満足感に浸りながらも、歌ってしまった、という後悔もわいた。
 誰が犠牲になったのだろう。聖堂内を見回してみる。入口に殺到した人の群れが頭を抱えてうずくまっていたが、見た所いたって健康そうだった。
 破片が見えない壁に妨げられたように、人の周りに落ちていた。
 席に座っていたのは、二人だけだった。アルフォンソ学院長と副学院長。アルフォンソは副学院長を庇っていた体勢から起き上がりにこやかに言った。
「とんだ暴れ馬だな。君の魔力は」
 フィデリオはその言葉に反発しそうになった。何故なら、誰も傷つかず犠牲者がでることもなかったからだ。もっと恐ろしい事態を想像していたフィデリオは疑問を抱いた。どうしてこの程度で済んだのだろう。
「ここは魔力を吸収する場所なんだ。――不幸な事故は、起きなかったね」
 フィデリオの心を見透かすように、アルフォンソが言った。フィデリオは半分納得した。もう半分はどうしても知りたくなり声を潜めて聞いてみた。
「破片が人に降りかからなかったのはどうしてですか」
 聖堂にその声が響くと大人たちは怯えた。アルフォンソだけが笑っていた。
「それはね、私たちには加護があるからだよ」
 その手を上げてフィデリオに示す。銀の指輪を嵌めていた。
「この指輪を対君用に作らせた」
 興味深そうに見つめるフィデリオに慈愛に満ちた眼差しを向けると、アルフォンソは声を大にして言った。
「これで指輪の効力は確かめることができた。そうでしょう」
 怯えて丸まっていた大人たちが、そろそろと立ち上がった。その目には強い反抗がありありと見てとれた。
「ですが、学院長。確実に被害はあるのです。予想もつかない所で因果が生まれ、関係の途絶えた事象が生徒たちを襲うかもしれないのですよ」
 比較的壇上の近くにいた男が猛然とまくしたてる。
「このまま押し合いになって、この破片の上に転んでごらんなさい。確かに、その子の魔力の暴走とは関係ない。しかし、暴走が無ければ起こらない事象だ。そんなことまで、この指輪は面倒をみてくれるのですか」
「仰る通り。だが、彼にも枷を嵌める。被害を生む確率は低くなるだろう」
「低くなるだけでは駄目だ! ゼロにならない限りは入学を認めない」
 頑なに拒否を続ける男をアルフォンソはいさめた。
「往生際が悪いぞ。誰も傷つかなければ入学を認めると君は言っただろう」
「あなたに言いくるめられたからだ。私の本心ではない」
「ヘルム」
 男――ヘルムが口をつぐんだ。真一文字に結んだ口は、開くとまだまだ言葉が出てきそうだった。



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