夜は魔法使いのため
第一話 鐘は誰がために 3


 聖堂から、本館のある敷地までは離れている。朝のように円に立って、別の場所へと移動することはできない。聖堂付近にその模様が見当たらないからだ。自分で描くこともできるが、移動行為自体が禁止されていた。
 禁止区域は他にもある。例えば自宅から学院内への直結ルートがそうだ。必ず門を通り抜けて学院へ入るようにという規則がある。
 フィデリオは、その門から本館へとまっすぐに伸びた通りに出た。道の両側には、月光の下でしか育たない大木が白い花を咲かせていた。風に吹かれると光を反射しながら散っていく。白に紅に桃色に、ときらめいて見る者を惑わせる。
 聖堂からかすかに聖歌が聞こえる。フィデリオは自分が入学する少し前のこと思い出していた。
 あれは、自分が十二の頃だった――。

***

 フィデリオは聖堂の壇上に立っていた。前の方の席が埋まっていた。皆、フィデリオより随分と年が離れている。それなのに、大人たちはフィデリオに畏怖を感じているようだった。
「それでは」
 最前列の中央に座っていた学院長が口を開く。この人だけは楽しげな様子だが、やはり何か身構えている。
「今から君に歌ってもらおう。大丈夫。多少、音を外しても構わないからね。どんな不幸な事故が起こっても責任は私がとる」
 さぁ、と促されても戸惑いを隠せなかった。自分は歌ってはならないと分かっていたからだ。
 歌えば死人が出る。この事を知らないのだろうか。いや、知っているはずだ。フィデリオと共にこの島にやって来た書類には子細に渡って、そのことに触れている。
 フィデリオは大人たち一人一人に目をやった。ことごとく視線を外されたが、学院長と副学院長だけは違った。
 学院長――アルフォンソとしっかり目を合わせる。アルフォンソは「不幸な事故」は責任をとると言ったのだ。信じてもいいのだろうか。
 フィデリオは迷う。大人たちは待っている。
 やがて、覚悟を決め歌い始めた。最初はこの音から――。妙なる旋律が聖堂内に響く。空気を震わせる。
 強張った顔の大人たちは次第に歌声に耳を傾けだした。心地よい時間がずっと続くかに思えた。
 異変は足元から起こった。二階に程近いステンドグラスからの色褪せた光が、揺れている。振動は音にもなって現れた。ステンドグラスがガタガタと悲鳴を上げる。
 大人たちは二階を見上げては凍りついたようになり、呪縛が解けると聖堂から逃げ出そうとした。
 聖堂内に響く歌声と音、逃げ出す人々の悲鳴。緊張感が一気に高まったその瞬間――。一切の音が消えた。消えたと思った。
 全く逆だった。人の聴覚の限界を超える音が上がってステンドグラスが割れた。
 破片が降ってくる。赤、青、黄色にきらめきながら。



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