夜は魔法使いのため
第一話 鐘は誰がために 2


 聖堂に着くとフィデリオは内をぐるりと見回した。大半が揃っており、皆それぞれに緊張した面持ちで座っていた。
 新入生は親と離れており、代わりにバディを組む上級生と一緒に座っている。この組み合わせで、原則として今日から学院の基本過程を修了するまで、『下級生』は『上級生』に個人授業を受けるのだ。
 中にはすっかり打ち解けた組もあったし、新入生の何人かは二階席に目をやっている。
 二階席に程近いステンドグラスは、古びた聖堂の造りに比べると真新しい。月の光がステンドグラスから差し込み、色鮮やかな影を作り出している。赤や青、黄色の光の中から聖歌隊が歌う声が降ってくる。
 自分が入学した頃を思い出して軽い既視感に襲われながら、フィデリオは決められた席に着く。入り口付近で配られた式次第を見るともなく眺め、席順の書かれたページをめくる。自分とバディを組む下級生は女の子だった。名前はマリア。マリア・ブルト。
 空席を埋めるだろう少女を今か今かと待つ間に式は始まってしまった。
 フィデリオは落胆した。自分は時間にうるさい方だ。時間を守れない子と気が合うのだろうか。軽く嘆息すると正面を向いた。そこで心臓が脈打つ。
 学院長がこちらに視線を送っていた。正確にはフィデリオの隣の席を見つめていた。
 空席で目立つからだろうかと思った。だが、この席は壇に立つ学院長からは見えにくいはずだ。
 学院長は、ついと視線を逸らすと話を続けだした。他のことに気をとられていたフィデリオは居住まいを正す。
「何度も言うが、我が学院は門戸を叩く者に広く間口を開いている。何者であろうと関係はない。また、その者の邪魔をすることも許されない。そのような理念を貫いて精神誠意、君たち新入生を歓迎しよう。入学、おめでとう」
 まばらな拍手が起こった。フィデリオは、初めて聖堂の空気が冷え冷えとしていることに気がついた。
「それから、今日から下級生を導いていく上級生たち。君たちにもおめでとうという言葉を贈ろう。君たちは基本過程を見事修了した。今度は自分たちが導く立場になる。戸惑いも多いだろう。だが、忘れてはならないのは、君たちにも隣に――座っているだろう新入生と同じ時があったということだ。初心を忘れず、膿まず、弛まず、励むといい」
 今度起こった拍手には、熱意が感じられた。先程の冷えた雰囲気はどこにもなかった。拍手が止むのを待って、学院長は続けた。
「上級生にもう一つ。学院内は広い。迷子になった子に親切に対応することを忘れずに」
 フィデリオは今度は、はっきりと学院長と目を合わせた。そして気づいた。隣に座っているはずのマリアがいないのは迷子になっているからでないのか。
 天啓のように降って湧いた答えに、フィデリオは肩の力を緩めた。
「それから、今日は祝いの日でもあるが、亡きピサロ・ヘルムの葬儀の日でもある。各自、準備をして正門前に集まるように。なお――」
 自分の考えが正しいものであることを証明するために、フィデリオはこっそりと聖堂を抜け出した。



[3/8]
[ 3/8 ]

[] []
[目次]
Top


[しおりを挟む]
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -