夜は魔法使いのため
第一話 鐘は誰がために 1


 フィデリオの心は浮き立っていた。今日から学院の一生徒でありながら、年少の生徒につき、働くことができる。それによって貨幣がもらえるのだ。
 彼の場合は働いて財産を得るというプロセスが自立への第一歩だと思うのである。
 フィデリオは十二の時、この島にやってきた。
 閉鎖的で奇怪な出来事の起こるこの島を、最初は好きになれなかった。とりわけ、この島には太陽が姿を見せないということが一番こたえた。
 月が二つあることは変わらないが、いつもその一つが中天に輝いているのには驚いた。月光の恩恵によって、人々は生きていた。
 その『人々』はフィデリオを歓迎はしなかった。島に住む人々にとって、外部からの人間は罪人を意味するからだ。難民として仕方なく移住してきても彼らの警戒心は解けない。
 フィデリオは難民が住むという区域に連れて行かれ、以来ずっとそこで暮らしている。
 生活を苦に感じたことはなかった。島で流通している貨幣は、来る時に持ってきた僅かな金と交換した。ここでの金の価値がどの位かは分からなかったが、役人は三種類の貨幣を幾つかフィデリオに渡した。それぞれ模様が、「満月」、「欠けた月」、「四つ足の動物」だった。
 学院にはすぐ入学したが、学院の授業料は必要なく、無償で教育を受けられた。その授業というのが真に奇妙で、なかなか理解できず、試験は惨憺たるものであった。
 六年間、学院と家を行き来するだけの生活だった。それは耐え難いものではなかった。生来の勉強好きということもあった。それと同様に島に来る前の暮らしと変わらないからということもあった。島の端と端とを馬車で行き来する為、行動範囲が広い分、ましだと感じたからだ。
 ただ、この頃はそんな距離を馬車で移動することもなくなった。歩く訳でも、飛竜で飛ぶ訳でもない。フィデリオはその身一つで、それも瞬時に移動することができるようになっていた。
 これも学院の教育の賜物――即ち魔法のお蔭だ、とフィデリオは思った。
 時間が近づいてきている。
 逸る胸を抑えて、フィデリオは木材の床に描かれた円形の模様の上に立つ。寸分の狂いなく描かれた複雑な線が光を帯びる。円筒形の光の壁に包まれた体が光と同時に消えた。瞬きの間にフィデリオは石畳の床を踏んだ。
 視界が広がる。
 明るい茶のレンガで作られた門の先に広々と学院の敷地が見える。本館は両翼に広がり、そこから北へと奥行きがある。尖塔が幾つもそびえ立ち、それぞれを繋ぐ回廊が何本も宙に浮いていた。
 フィデリオは新入生の待つ聖堂へと歩き出した。後ろから次々と人が現れ、フィデリオを追い越していく。新入生だろう姿もあり、その子には親が笑顔で寄り添っていた。
 どの子が自分の担当だろうかと、フィデリオは無意識に目を細めた。
 空には、輝く月と祝いの鐘の音が響いている。



[2/8]
[ 2/8 ]

[] []
[目次]
Top


[しおりを挟む]
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -