夜は魔法使いのため
序
静かだった。中天にある太陽も森の梢も渡る鳥も、息を潜めて静かにそこにあった。
この人の為に。病床に伏せる彼女の細い体を見て、そう感じずにはいられない。
今日、彼女は永の眠りにつく。それは安らかなものではなく、さりとて苦しいものでもない。
万人が見守る中で、一瞬で、終わる。
幸いなるかな、彼女にはまだ時間が残されていた。
静かな声で、弟を呼ぶ。自分はそれに応えた。
短い間だったけれど、あなたの姉でいることは、私にとって何よりのものだった。
最後のお別れだ。涙が出てきた。
言いたいことはあるのに、他の言葉ばかり溢れてくる。
彼女はそれに微笑んだ。
涙を拭う指先が冷たい。その手を取る。
涙は止まらず、寝具に染みを作った。
死なないで、と声がかすれた。ごめんなさい、と涙ばかりが流れた。ありがとう、と口をついて出た。
それを聞くと、血の気のなかった彼女の頬がほんのり色づく。
良かった。良かったね。
自分のことのように喜ぶ彼女に、もう一度言った。
「愛を教えてくれてありがとう」
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