冒険にマンネリは程遠いものだと思っていたのに、バッジを集めてリーグを制してと毎日がキラキラしていた頃があれば明確な目的もなくしょうぶどころに入り浸る今日。完全燃焼とは言いがたいけれどシンオウを駆け巡った旅を終えて肩の荷が下りたというか、悪く言えばひどく退屈になったというか。今のヒカリはそんな感じだった。
気分がガラッと変わるかもしれない。そう思っていつもは麦茶で満たしている水筒の中身を紅茶にしてみた。フタをしめるときに鼻先をくすぐったレモンの香りはたしかに気分を浮上させてそのままヒカリを外へと連れ出す。
「ヒカリ?」
「…デンジさん」
レモンの魔法なのか、出かけた先でレモンと同じ色の髪をしたデンジに出会った。「こんなところで会うのは珍しいな」。デンジが笑う。しょうぶどころでも別荘でもないただの道。たしかにそうだと思った。
こんなところで会えると思ってなくて、何か話そうと思って、けれどなんでか話すことが見つからなかった。心がドキドキと送り出した血液がめぐって指先までドキドキとうずくような錯覚が起こるぐらいにデンジと何でもいいから話したいと思ったのに、だった。
「…っ、すみませんデンジさん。私、急ぐので」
「おう。またバトルしようぜ」
からからに掠れてしまった声を置き去りにしてヒカリは走った。もったいないことをしたなあとズシンと肩に重くかかる後悔と単純なホッとした気持ちでなんだかおかしい。
しばらく走ってから立ち止まって、喉が乾いたとふと思うとそのまま水筒に手をかけた。なだれこむレモンティーの風味はどことなく甘くて嫌いじゃないのだけど、これは違うと思った。
私に似合うのはこれじゃない。私が輝いていたのは見知らぬものにただただ胸を高鳴らせていたあの頃だ。そしてデンジが認めてくれたのは、今のこんなヒカリじゃないはずだ。
∴レモンティーの悲劇
Title.S*E
20130929