最高の題材を見つけたときの、心が震えるようなあの感覚。
…確かにこれだと、思ったのだけれど。


「…ごめんよペンドラー。なんか、うまくいかないみたい」


絵筆がぴたりとも動かなくなってもうだいぶ時間が過ぎた。アーティの目の前でずっしりと存在を主張しているキャンバスは何度も何度も描くことを試みた証拠に目も当てられないほど汚れきっていた。いくら絵の具を塗り重ねていく手法をつかう油絵でも、ここまでくるともう難しい。

アーティはもう一度、口の中で謝罪の言葉を呟いた。長時間拘束してしまったことと、それにも関わらず結果が出そうにないことへの。
ペンドラーはおっとりした目で、気にするなと言ってくれているようだった。アーティは絵筆を捨ててペンドラーに近寄った。よく育てられたペンドラー。アーティの好きな虫ポケモンの魅力に、毒タイプのどこか異色な危うさ。すばらしいと、思った。

自分に描けるものなら描いてみたい。そう思って借りたポケモンだった。その衝動をアーティに与えた要素はほんのすこしも失われていないし、描きたいという意欲はけっしてなくなってはいない。それなのに、最初に感じたそれと比べてなにかが違うと感じる。筆が進まない。…なにが?


「アーティさーん。どうですか、順調ですか」
「…ごめん、まだ描けてないんだ」
「あれ、そうなんですか。…あ、お邪魔しちゃいました?」
「ううん。なんだか、思うように描けなくてね。どうしようかなあって思ってたところ」


そう言うと、アトリエにやってきたトウコはほっと笑った。ペンドラーがトウコに擦り寄っていく。アーティが描きたいと言ったから、しばらく引き離してしまっていた。久方ぶりの再会を喜ぶ彼女たちを横目に、例のぐちゃぐちゃのキャンバスを眺める。きっと彼女にもペンドラーにもずいぶんさみしい思いをさせてしまっただろうに、形になるような結果になっていないことが申し訳なかった。

これ以上期間を長引かせるよりは描くことを諦めてペンドラーを返そうか…。そう考えてもう一度トウコの方を見て、その瞬間、ぱちりとなにかがうまくはまったようなようなそんな感覚がした。
ぐちゃぐちゃのキャンバスを投げ捨てるような勢いで、真新しいキャンバスを引っ張り出した。ありとあらゆる全ての神経が研ぎ澄まされていくようなそんな不思議な感覚。胸につっかえていた面倒なものが取れてすっきりしたのに、それでいて頭の中はぐるぐるとまわる。ただただ今すぐ描きたいと思った。


「…ごめん、トウコ。ちょっとだけ付き合って」
「え?」
「キミのペンドラーも、ものすごく描きたいんだけど」


急なアーティの変貌ぶりにあっけに取られていたトウコの腕を引いて、先ほどまでペンドラーにいてもらった場所に連れていく。置き去りにしたトウコをキャンバスの前に座って、改めて見つめた。ああ、これだ。


「どうやら僕が描きたかったのはキミだったみたい」




【曖昧な手元に孵る】






Title.SAKU SAKU
20140405



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