素直で無邪気で優しくて嘘つきなリーグ職員さん
scene5/小さな歌※一応完結


ゆめのなか。


 目が覚めた。ポピーが覗き込んでいた。ビクッと体が震えた。ポピーがパッと顔を明るくする。
「おきましたの!」
「おはようさん」
「え、あ、」
 私は混乱する頭で何とか状況を理解しようとした。が、無理だった。何が起きてるんだ。
「ポピーはおつたえしてきますの!」
「頼んだで」
 チリが近寄ってくる。私はずりずりと後退りをする。すぐに壁にぶつかる。
「なあ」
「う、」
「チリちゃんが怖いか」
「ひっ」
 そう、私は彼女が怖かった。私は恐怖を知らない。痛みを知らない。だから、ずっと動けたのに。

 この人たちが、私に恐怖と痛みを教えたのだ。

「い、いや、やだ、たすけて」
「誰も助けんよ」
「たす、け、て」
「誰もアンタに危害を加えんよ」
「わ、わたし、は、」
 赦されないのに、なんで、この人は私を優しい目で見ているの?
「やあっと真人間になったんやね」
「は、あ」
「人間一年生、おめでとさん」
「え、う、」
「なあ、うちの名前、呼んでくれんの?」
 この人の、名前?
「チリ、やで」
「ち、り、」
「ん」
「ちり、」
「そうや。よく出来ました」
「あ、う、」
 チリが私の頭を撫でる。怖い。怖い怖い怖い!
 優しいのは何でなの。
「シキは、自分のこと覚えとる?」
「ん、ん、わたし、は、シキ。シキ=エーヴェト」
「せやね」
「わたし、わたしが殺した、かれらは」
「残念やけど、そんな記録無くてなあ」
「でも、わたしが、わたしがころした、この手で、なぐった、くだいた、おった、ぜんぶ」
「そうなん? 知らんなあ」
「やだ、いたい、いたい、いたい、こわい!」
「怖くなんかないで」
 なあ、シキさん。そう、チリは呼ぶ。
「もう一度、生きようや」
「え」
「この、パルデアで、もう一度、な」
「でも、わたし、」
「赦されるわけやないんやろなあ。でも、確かにアンタに救われた人も居るねん。ウチもそれなりに救われとった。そうやろ」
「わか、んない」
「ゆっくり、もう一度、パルデアの宝として、生きような」
 パルデアの宝物。それが何なのか、私は何にも分からなかった。けれど、チリの手はただただ、温かかった。




・・・数ヶ月後




 パルデアリーグ内部。スタスタとグレーのスーツで歩く女性がいる。
「あ!」
 ほのおタイプの相棒を持つ職員が、彼女を見て顔を明るくした。
「おはようございます、先輩!」
「おはよう。仕事復帰は明日からなのだけれど」
「挨拶するんですよね? いいと思います!」
「良かった。はいこれ」
「えっこれって」
「『ムクロジ』の新作スイーツ。貴女には特に迷惑をかけたから」
「いいんですか?!わあっ嬉しいです!相棒と食べます!」
「そうしてね」
 オフィスに入ると、すぐに先輩や同僚が声をかけてくる。
「おはよう、明日からだよね」
「はい。明日から仕事復帰です」
「今日も休んでて良かったのに。体、大丈夫?」
「ええ、何とか」
 おはようさん。チリが顔を出した。私を見て、ニッと笑ってから、面接の日程を掲示板に貼ると、すたすたと近寄ってくる。
「うちの恋人候補やで」
「チリ、それは誤解」
「何や、冗談ぐらい言わせてや」
「一緒に住みながら、メンタルケアの担当をしてもらってるの」
 リーグ職員たちが、成る程と納得していた。チリの親衛隊も何故か声を上げないで納得している。
「オモダカさんが英雄だって御触れを出したからね」
「えっ」
「オモダカさんに上に立つ者の覚悟を説いたんでしょう。どんな話をしたの?」
「えっ、えっ?」
「パルデアを陰ながら支え続けたってなあ。あと、」
「え、あと?」
「とんでもなく凄腕のトレーナーだって!」
「はい??」
 私がぱちぱちと瞬きをすると、チリが堪忍なあと私の肩を撫でた。
「まだ混乱しとるところがあるさかい、お手柔らかにな?」
「相棒は誰なのかな? オリーヴァじゃなかったとは聞いたけれど」
「私の相棒なら、」
 デンリュウのリュトがボールから飛び出して、にこにこと私に擦り寄った。ポケモントレーナーならば、ポケモンのことはある程度わかる。地味で何でもないリーグ職員たちは、特別なことがひとつだけある。
 ポケモンが大好きだということだ。
「毛並みがすごい! 艶々!」
「よく懐いてる!」
「チャンピオンクラス並みにレベル高いんじゃないこれ?!」
「うわー! こんな幸せそうなデンリュウ初めて見た!」
 圧がすごい。堪忍なとチリが言う。
「そこまでにしといたって。ほな、仕事や仕事!」
 はあいと皆がフロアに散っていく。私はほっと息を吐いて、リュトを撫でた。ぱちぱちとした電流が心地良い。
「まったく、不思議体質やんなあ」
「こればかりは」
「ええの。で、総大将のとこ行くん?」
「少し、休憩しようかな」
「やったら、ええとこあるで」
 いいところ。きょとんとすると、私の手を引っ張ってチリが歩く。リュトはとたたとついてきた。

 来たのはトップと挑戦者が戦う特別なフィールドだ。
 こんな所に来ていいのか。驚いていると、見てみぃと外を指差す。見れば、そこからの景色は素晴らしかった。パルデアの大地が見渡せる。
「シキ」
「ん、なに?」
「仕事復帰するん?」
「するよ。何、今更」
「うちの家で専業主婦しとってもええのに」
「しないよそんなの。だいたい、チリと結婚したわけでもないし」
「じゃあ結婚する?」
「しません」
「強情やなあ」
「だって、私はリュトと結婚してるようなものだし」
「それキーストーンとメガストーンやん。メガシンカやろ」
「うん。でも、メガシンカってそれだけ覚悟がいる現象だからね」
「分からん」
「そのうち分かるよ」
「お、言うたな」
 ワシワシとチリが私の頭を撫でる。外れかけた赤縁のメガネを掛け直した。
「私、パルデアで生きるよ」
「何言うとるん? ずーっとシキはパルデアで生きとるよ」
「あはっ」
 そうかも!
 心の底から笑えば、チリも嬉しそうにする。その事が嬉しい、なんて。絆されたものだ。
 神さまはいらっしゃる。そして、神さまは私に命をくださった。
 この、パルデアで生きる、いのちを。

 ずっと遠く、この美空で、桃色のポケモンが飛んでいた。

「そうだチリ。今日の晩ご飯どうする?」
「シキの作る肉じゃが!」
「いいよ。チリも手伝ってね」
「当たり前やろ」
 これからも、続く、いのちを。


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