素直で無邪気で優しくて嘘つきなリーグ職員さん
scene4/チリ狙いの新人職員ちゃん03※完


 目覚めたら、そこはモノトーンでまとめられた、生活感のない家だった。
 スーツを着たまま私は寝ていた。道理で寝苦しかったはずだ。時間は夕方。ムクホークの上で電話を掛けてからまだそんなに経っていない。
「もう起きたん?」
 チリがいた。机がある。その上をスマホロトムがすいすいと動いている。赤い目が、私を見ている。ハッとしてメガネを触る。無い。
「気がつくの早いなあ。ほら、ここ」
「はい」
「ええの?」
「見えないわけでは無いので」
「伊達やからな」
「そうです」
 電話をかけた。名前を聞かれた筈だ。オモダカに辞表を提出しないと、早く縁を切らないと、そう思うものの、疲れからか動けそうになかった。
 体が怠い。
「シキはここが何処か知りとうないん?」
「別に」
「チリちゃんの家」
「そうですか」
「反応うっすいわあ」
「どうも」
 面倒だなあ。そう思ってスーツを脱ぐ。全裸にはならないが、上着ぐらいは脱いでもいいだろう。シャツのボタンを緩めて、ぽすんと横になる。眠ろうか。
「何、誘うとるん?」
「知りません」
「あっそ」
「……」
「カリソン、ガレット・デ・ロワ、あとメドヴィクか」
「……」
「菓子の名前やけど、少しずつ、名前がちゃう。ガレットなんかはミアレガレットが有名やね」
「……」
「で、シキさんの来歴。パルデア生まれ、アカデミー卒業、フリーライター、現在はリーグ職員」
「……」
「ジムバッジは無し。所持ポケモンはオリーヴァのリリ。ただし、六個のモンスターボールを必ず持ち歩いているところからして、他にも手持ちがいる」
「……」
「何か間違いは?」
「無い」
「さよか」
 で、とチリは言った。
「婚約者の記録は一切無し」
「……」
「公的には、な」
「……」
「何人かの男性との交際目撃情報はあるなあ。どれも長続きしとらんかったみたいやけど」
「……」
「何で別れたん?」
「言う必要無い」
「そうは言うてもなあ」
 チリが立ち上がる。ベッドに近寄る、私の左手を持ち上げた。
「この手に指輪を嵌めた奴、誰や」
 誰も何も無い。
「見れば」
「は?」
「見ればいい」
 手袋を外してもええの。そう言われて、こくんと頷く。チリはゆっくりと、私の手袋を引き抜いた。
 は、と息が漏れるのが聞こえる。
「これ、見たことないデザインやな」
「そう」
「オーダーメイドか」
「そう、世界でたった"ひとつだけ"の指輪」
「一つ?」
 チリが眉を寄せるのが分かる。
「二つやのうて?」
「ひとつ。私だけの、私とリュトを繋ぐもの」
「リュトってのが、指輪の送り主なん?」
「いいえ、指輪は両親が職人を見つけ出して作ってくれたもの」
「は?」
「いしを、みればいい」
 チリがじっと指輪に嵌められた石を見るそして、その螺旋を見つけたのだろう。きゅ、と手を握る手が強くなった。
「これ、どこで手に入れたん」
「さあ」
「この石があるっちゅうことは、でも、シキにカロスやアローラとの接点はない筈や」
「落ちてたんだって、私が産まれた時に、家の前に」
「何やそれ」
「神さまからの贈り物。そう考えれば楽でしょう」
「楽って!」
 おいで、と私は言う。
「リュト、出てきていいよ」
 モンスターボールのひとつから、デンリュウのリュトが飛び出して、私に駆け寄る。ずりずりとベッドに登って、私を守るように抱きついた。いい子だ。私には勿体無いぐらいに。
「デンリュウ……」
「額にメガストーンを付けてる。隠すようにしてる」
「ホンマや」
 じゃあ、とチリは言った。
「総大将が探しとる、とんでもないでんきタイプの使い手って、シキやったんか!」
「探されてたんだ。まあ、だろうね」
 リュトを落ち着かせる。チリは悔しそうにしていた。
「そんなん、もっと早よ言うてくれたら」
「言うわけない」
「もっと、活躍できたやろ」
「私は私なりにやるべき事をした」
「だったら!」
 私はむくりと起き上がり、チリの手から抜け出して、服を脱いだ。ぽいぽいと脱いで、薄布のような装甲を投げ捨てる。チリはポカンとしていた。
「殺せ」
「……は」
「殺せばいい」
 これ以上、暴かれてはならない。
「私の調べは時期につく。だったら、私を殺しても問題はない」
「なに、言うて、」
「この真っ赤な私をチリが殺せ。チリは、英雄になれる」
「英雄って」
「大罪人にふさわしい末路を迎えさせた、英雄に」
「そんなもん成りとうないわ!」
「なれ」
「巫山戯るのも大概にせえよ!」
「ふざけてるのはお前たちだ!!」
 私はギッとチリを睨んだ。チリは訳がわからない顔をしている。
「全て守られておいて!のうのうと暮らして!それがどれだけの犠牲の上にあるのか!知らないとは言わせない!」
 だから、殺せ。

 するり。空間が開いた。ふわり、白い髪(ポニーテール)がゆらめいた。白い着物がそっとシキを包むように半身だけ見える。
「お疲れ様、カントゥッチ」
 ああ。私はそっと彼女の白い手に手を当てた。
「カリソン、来てくれたんだ」
「ええそうよ、カントゥッチ」
 チリが赤い目でカリソンを睨んでいる。だが、カリソンは怯まない。私の耳元で、囁く。でも、小声なんかじゃなかった。
「大仕事だったわね」
「うん、そうだね」
「この場所はしばらく他の砂糖菓子が見回るわ」
「しばらく?」
「カントゥッチ、貴女はまだ有用でしょう? だって、まだ神さまがお迎えに来られておられないもの」
「そう、かも」
「ええそう。だからね、カントゥッチ。しばらく此方にいらっしゃい。また、活動できるようになったら、時空を超えればいい」
「いいの?」
「カントゥッチの、この世界でのご両親とか弟くんとか、全部関係を断つことになるわ」
「でも、それだけでいいの?」
「ええ、勿論。貴女は有用。私たちの砂糖菓子」
 そう言って、カリソンの手が、私の、首に。

「とても興味深い話を聞きました」

 動きが止まった。圧倒的なオーラ。この地方の最強の通過点。強者。王者。王、そのもの。
「初めまして、そして、私たちのシキさんを返していただけますか」
「あら?」
「っ総大将!!」
「チリのスマホロトムが緊急連絡をくださいました。四天王と情報は共有しています」
 飛び込んできたのはポピーだ。デカヌチャンを構えて、オモダカの前に立つ。ムクホークの大きな鳴き声。アオキが外にいる。きっと、ハッサクもいる。
「おかしな話ね、カントゥッチは私たちの砂糖菓子よ」
「パルデアリーグ職員ですよ」
「あら、本当にそうだと言うの?」
「ええ、勿論」
「カントゥッチは不穏因子排除の為なら何だってしてきたわ。私たちの砂糖菓子。私たちの構成員。私たちの」
「殺人のことですか?」
「知ってるじゃない」
「残念ながら記録にありません」
「仮令(たとえ)貴女たちの記憶と記録になくても、カントゥッチは人を殺した。それでも、貴女の部下の一人というの?」
「責任は取るべきです。ですが、被害者無き犯罪をどう裁くか、問題ですね」
「問題なら私たちが引き受ければいいだけよ」
「いいえ、これはパルデアの問題です。だって、どのような理由、過程、工程があったとはいえ、シキさんはパルデアを守っていた」
「いいえ」
「たった一人で守っていた」
「いいえ。パルデアを守る気なんてカントゥッチには無かった。全部、神さまのためよ」
「だとしても、パルデアの利益に間違いはなかった」
「被害者のことが何も分からないのに?」
「残念ながら、被害者だとか犯人だとか罪だとか、そういう事ではありません」
 オモダカの言葉に、カリソンがぱちりと瞬きをした。
「リーグ職員として働いていた事実。そして、私を奮い立たせた事実。それだけです」
「……それだけ?」
「はい。それだけです」
 ふふ、とカリソンは笑った。おかしそうに嗤った。
「たったそれだけ!」
「充分です」
「それだけでカントゥッチの心と体を、貴女たちが、私たちから奪おうとするなんて!」
「ええ、取り戻します」
「違うわ。カントゥッチは私たちの砂糖菓子」
「いいえ、パルデアの人間です」
 あと。
「いい加減、その手を離して、シキさんと喋らせては貰えませんか?」
「させるわけがない。ケーク・サレはだいきらい」
 ケーク・サレ。甘くない、お菓子。

 カリソンの体内から短槍がぬるりと出てくる。氷の結晶を舞わせ、刃が触れた箇所から凍っていく。ただの武器ではない。オモダカは言った。
「ユキメノコの気配がありますね」
「さすが。これは白眼。ユキメノコが構成する短槍。私の武器。ねえ、降参してくれる?」
「残念ながら、私、ポケモンバトルに手が抜けないんです」
「あら、残念」
 カリソンの白眼が振りかぶられる。オモダカは動かない。チリが、動いた。
「ドオー! どくどく!」
「あらら」
「四天王の露払いはこのチリちゃん! ってなあ!」
「チリ、頼みました」
「ったく! ここうちの家やで! 何してくれとるん!」
「ひじょうじたいですの!」
「せやね! ポピーは正しい!」
 そして。
「カリソンとか言うたな。こんの泥棒猫、うちらのシキを返せや!」
「だから、カントゥッチは私たちの、」
「砂糖菓子だとか何か知らんけど! シキは砂糖菓子なんてタマやないわボケ!」
「ひどいわ。私たちは甘い甘い砂糖菓子なのに」
「どこがやねん! ドオー、じしん!」
「貴女、自分の家でじしんするの……?」
 カリソンがそっと身じろいだ。シキが揺れる。目を開くことはない。
「アクアブレイク!」
「困るわ。抵抗されると、殺したくなっちゃう」
「殺してみィ、殺せるモンならな!」
「……全くもう。カントゥッチったら愛されちゃって」
 報告と違うじゃない。カリソンがそっと手を離した。シキの体がベッドの上に倒れる。目は開かない。
 夢の中にでもいるのだろう。
「ドオー、隆起せえ」
 テラスタル!
「じしん!」
 最大火力のじしんが、チリの家を崩壊させた。

 カリソンが消えると、チリの家は元通りだった。下着姿のシキに、オモダカが服を着せる。グレーのスーツは、綺麗だと、オモダカは言った。
「彼女にとても合うものです」
「せやね」
「ポピーもとてもきれいだとおもいますの! きれいすぎて、ちょっとだけ、こわかったですの」
「何やろな、とびきりの美人とかやなくて」
「内面でしょうね」
「内側から輝くもの、みたいな感じやな」
「テラスタルみたいですの!」
「せやね」
「パルデアの宝のひとつです。さて、シキさんの今での行動の精査をこちらで行います。チリにはメンタルケアを頼みます」
「任しとき」
 ところで。
「カントゥッチ、でしたか」
「ん? 何なん?」
「どうしたんですの?」
「いえ、確か、似たような言葉があります。ええと、その意味は」

"小さな歌"


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