素直で無邪気で優しくて嘘つきなリーグ職員さん
scene4/チリ狙いの新人職員ちゃん02


 ゆめをみた。


 一晩経って、またメドヴィクと相談して、結果として他人にハニトラを任せるなんて不確定すぎるということになった。つまり、私が全部やるのだ。
 いつもより仕事が多いが仕方ない。というか不穏因子が私に惚れてるのはラッキーだということにした。呼び出しに素直に応じてくれるだろう。だが、そんな直接的な方法じゃ、皆の記憶に残り過ぎる。だったらどうしたらいいか。
 間接的だったらいいのだろう。

 いつも通りのグレーのスーツ。ただし、下着の上に薄布みたいな防護服を纏っている。この世界だからこそ編まれたそれは、銃弾も刃物もある程度なら平気だ。
 爆発した女がしがちな事は、包丁を持って襲ってくる事である。何で皆して包丁を選ぶんだろうな。知らなくてもいいか。
 とりあえず包丁ぐらいなら防げる。ポケモンのワザは、相手がドオーだけの筈なので、オリーヴァのリリで何とかなる。私だって痛いのは嫌だが、ワザを受けるのは問題ない。結果が大事で、過程はどうでもいい。
 私のミッションはハートマーク女ことイチバナ=リューシャの撲殺。ただ、それだけ。
「幸せなうちに殺してあげようね」
 それがお互いの為だろう。そう信じている。

「シキさんおはようございます
「おはようございます、イチバナさん」
 そうだ、と私はひと気の無い廊下で封筒を渡した。
 きょとんとするイチバナにとびっきりの微笑みを向ける。
「ハッコウシティの映画館のチケットです。私は仕事が立て込んでて行けないのですが、誰か好きな人と行ってみてください」
「わあっありがとうございますシキさんと行けないのは残念ですけどお、誰か誘ってみますね
「はい。お好きに」
 笑うイチバナに、笑いかける。

 今日はオモダカが出勤しているので、イチバナがオモダカと会わないようにリーグ職員たちがイチバナを見張ってくれた。
 チリも面接が午前に五件入っているので寸分も暇はない。
 イチバナが私の周りをうろうろするだけで今日が過ぎる。その筈だった。

 帰ろうか、という頃。見計らったようにタッタと駆け足が聞こえた。廊下を走るなんて誰だろう。そう振り返ると、イチバナの叫び声が聞こえた。
 パシッと左手を掴まれて、走る。え、と思った。チリだった。
「ほら、走るで!」
「え、あ、はい?!」
「アオキさん居る?!」
「……屋上に待機させてます」
「ありがとさん!」
「ご武運を」
「何?!」
 屋上まで駆け上がって、ムクホークの背に乗せられて、私は飛んでいた。
 何が起きた。
「ほら、しっかりせな」
「う、な、チリ、さん」
「大丈夫。チリちゃんが居る」
「何も大丈夫じゃないです! 私は!」
「ええからじっとしとき」
 チリに包まれるようにムクホークに乗っている。ボールも荷物もちゃんとある。どうしよう。残されたイチバナが爆発してたら、イチバナを捕らえられなかったら、イチバナが!
「シキさん、落ち着きぃ」
「すみません、ちょっと電話失礼します」
 どうにでもなれ。
「は、電話? 今なん?」
「もしもし、申す申す」
「えっ」
「こちら緊急事態。Calissons(カリソン)は動ける?」
「は?」
「無理? わかった。だったらGalette des Rois(ガレット・デ・ロワ)はどう? 動けるならお願い」
「どこに電話しとるん?!」
「パルキアとディアルガを怒らせてもいい。パルデアにおける過干渉事例、承認します」
「何言ってんねん?!」
「お願い。愛してる。私たちの砂糖菓子」
 電話を切る。ふうっと力が抜けた。くたりとチリに寄りかかる。おっとと言いつつ、チリはよろめかない。
「どこに電話しとったん?」
「仲間に」
「どんな仲間? 友達とちゃうの?」
「仲間です。一緒に地獄を見た人たち」
「ふうん」
 チリはどこに行くんだろう。
「どこ行きですか」
「どこやと思う?」
「さあ、見当もつきません」
「思考停止しとるやん」
「もうここまで来たんですもの」
 私は、これでもう。
 思考する前に、意識が落ちていく。ああ、私、ゆめを見たんだった。
「かみさま、わたし、あいしてます」
 どうか。いつまでも私を見ていて。

 気絶するように寝てしまったシキの、プラチナに赤が混じる髪を撫でる。赤縁のメガネを外して、チリの鞄に入れた。閉じたエメラルドの目は、泣き腫らした跡がある。こんなのでよく出勤できたものだ。チリは思う。
「可愛くないって、言われたいんやろうな」
 手袋を外さないでおいたのは、温情だった。


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