素直で無邪気で優しくて嘘つきなリーグ職員さん
scene4/チリ狙いの新人職員ちゃん01
この時期外れに新人職員が来るらしい。その情報だけでもう、グレーだ。さらには容姿端麗な女性だそうで。ほぼ黒。加えて。
「パルデア出身でもないのに手持ちはドオーだけ」
不思議そうに話すほのおタイプの後輩に、いやもうそれ絶対に黒なんだよなあとしみじみした。しかもチリ狙いだろそれ。いやあ本当にパルデアリーグは良い場所だ。不穏因子の発見がスムーズである。
「おはようございます、イチバナ=リューシャです
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よろしくお願いしまあす
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」
お、おう。
語尾にハートが付いているのが分かる。え、その声どうやって出してるんだ?普通に謎。スペースキャットつまりスペースニャースに陥っていると、シキさんと先輩に呼ばれた。
「あ、はい」
「イチバナさんにリーグを案内してあげてくれるかい?」
「勿論です」
私はイチバナに向き合い、にこりと笑う。
「私はシキです。イチバナさん、同じ組織の人間としてよろしくお願いします」
「やだあ
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リューシャでいいですようシキさん
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」
えっ、私にもその態度なんだ。
一通り案内をして、最後は面接室となった。この時間なら、チリがいるはずだ。会わせると確実に面倒なので後回しにしていたのである。いや、何か行動してくれたらスムーズに撲殺できるが、なんとこのイチバナ=リューシャという女、
「シキさん
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どこ住みですかあ
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」
「シキさん、お名前教えてくださあい
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リューシャ、シキさんのことお名前でお呼びしたいなあ
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」
「シキさんはポケモン持ってますかあ
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リューシャ、同じポケモン持ちたあい
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」
「リューシャ、シキさんの恋人に立候補しちゃう
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」
私に惚れたらしい。こわい。
今までネームドキャラクターに惚れた人間やポケモンに無為を働く人間を撲殺してきたが、私に恋愛感情を持つパターンは初めてである。自分の恋愛フラグは速攻潰してきたので、まさかチリ狙いの女に惚れられるとは思わなかった。
まあ、ここでチリに会わせたら、私のことなど忘れてチリに傾くだろ、と、鷹を括りつつ、えっこの女とチリと私がいる空間とか無理という吐き気と気が遠くなる気持ちをまとめて、面倒だなあと思っていた。
しかし、いざ面接室である。何故か私の腕に細腕を絡めてデカい胸を押し付けてくるイチバナを振り解くことなく、ここが面接室ですよと関係者用の扉を開いた。
すると、デスクにはチリがいる。美人ではある。私にとっては単なる不穏因子を見つける為の餌でしかないが。
案の定、イチバナは固まっていた。そのまま腕が離れてチリの元に行かないかなあと、ニコニコしていると、ふっとチリがこちらを見た。目礼する。チリは眉を顰めた。そりゃそう。
イチバナは私からするりと腕を離し、ふらふらとチリに近寄る。その動きは何。じっと見ていると、チリが立ち上がった。
華奢なイチバナをそっと抱き留める。
「お嬢さんどうしたん? 体調不良か?」
イチバナは無言だ。なんで?時空を超えるほど好きな人に会えたんじゃないのか。首を傾げてみる。チリも何が何だかという顔をしていた。
そして突然、イチバナが動き出した。
「いい女が多い!!」
「は?」
「え?」
キレてる。こわいね。
「リューシャといいます
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チリちゃんよろしくお願いしまあす
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」
「あ、おん」
「えへへ
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シキさんもチリちゃんも美人さんでびっくりしちゃいましたあ
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」
「アッハイ」
「リューシャ頑張って働きますねえ
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」
ハートマーク女ことイチバナ、こいつ、面倒だろうなあ。そんな気がした。
フラグというものは積極的に折るべきものであり、社内恋愛なんぞ会社の思う壺だし、リーグ職員は地味な仕事である。
「シキさん
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こっち終わらせました
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」
「ア、ハイ、ありがとうございます」
微笑みを向ければ、イチバナはきゃーっと頬を染めて叫ぶ。やめろ。リーグ職員の皆さんには、イチバナが居ない隙に、私への連絡はイチバナを通してくださいトラブル防止を徹底しましょうと頭を下げた。皆が同情的で、オモダカさんに話そうかとまで言ってくれた人もいた。ありがとう、でも私は、この女を撲殺しないといけないからオモダカには話すな。
「シキさん、休憩どうぞお
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」
「ア、ハイ、ありがとうございます」
最早私はbotである。気持ち悪くて同じ言葉を繰り返すので精一杯だ。この女をどこで撲殺すればいいかなあ。そう思いながら、イチバナから何とか引き離して休憩をくれた職員たちにこっそりと感謝の意を伝えた。
リーグ裏まで来て、やっと一息ついた。オリーヴァのリリをボールから出すと、その姿に癒される。すよすよと私の足元で寝始めたリリを屈んで撫でていると、いたいたと声がした。この声は。
「チリ、さん」
「ここに居たんかあ、探し回ったわ」
探し回る行為は即刻やめろ。
「いやあ、中々強烈なん来たな」
「はい、本当に」
「うちは慣れとるけど、シキさん慣れとらんのかなあと」
「慣れてません」
「えっらい素直やな。顔ヤバいで」
「どんな顔ですか」
「無」
「でしょうねェ」
一般的に人を殺して後始末して証拠隠滅するには、一人につき三人いれば充分らしい。
それを仲間と協力しつつも大抵私一人で何役も引き受けるんだから、過労だ過労。
そこに何だ今回の不穏因子。私にとっても不穏すぎる。やだあ手が滑って皆の前でハンマー出しそう。
「大丈夫か」
「ぜんぜん大丈夫じゃないです」
「ははっ、アンタそんな声も出せたんやなあ」
「どんな声ですか」
「地響きみたいな低音」
「じめん使いに言われると褒め言葉に聞こえますね」
「褒めとるからな」
「嫌です」
相対的に私の評価が上がってて辛い。今日はオモダカが、理事長の仕事に行ってて、リーグにいないのが、唯一の救いかもしれない。さらにオモダカにも惚れそうだぞあの不穏因子。
「チリさんいつもこんな事されてるんですね」
「いやここまで酷いのは久々や」
「久々でも凄いです」
「尊敬した?」
「全く」
「アッハッハ!」
ヒーヒー笑うチリに、私は休憩時間が終わりそうだと頬をつねった。笑顔、笑顔だぞ。私。
「ま、あんま無理せんでええからな」
「大丈夫です。お気持ちだけで結構です」
「業務に支障が出る前にチリちゃんとこ来るんやで」
「いえ、オモダカさんのところに行きます」
そして辞表でも出そう。
そんなわけでイチバナ再来である。ハートマークを付けて喋りながら、私の周りをうろうろしている。チリは多忙(ということにした)なので、私のところに被害が全部来ている。仕事人間ではないので、業務に問題があっても、まあ、ヤベエ人間が近くにいるからと心は割と平気だった。リーグ職員たちがカバーしてくれてるのも本当に助かる。
イチバナを適当に連れ出して撲殺するかなあなんて雑な作戦モドキまで思考に飛び出したが、まだ大丈夫だ。まだ。
「シキさん
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こちらにサインお願いします
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」
「ア、ハイ」
「お疲れですかあ
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」
「イエ、ダイジョウブ、デス」
前言撤回。もうダメかもしれない。
何とか自宅特定だけはされないようにリーグ職員と四天王が気を回したお陰で、夜には自宅についていた。念入りに盗聴器盗撮機のチェックと、ポケモンのワザなどのチェックをしてから、服を脱ぎ去ってベッドに寝転がる。夕飯はタクシーの中で済ませたし、風呂は明日シャワー浴びる。
「もうやだあ」
デンリュウのリュトの首を撫でながら、私はメソメソ泣いて、泣き腫らしてから、スマホを繋いだ。
「もしもし、メドヴィク?」
「ごめんほんとごめん、すぐ頼みたいことあって」
「頭バカになっててまともに動けないの」
「ていうか、私がヤバい。暴走しそう!」
「だからね、すぐにお願い」
「クランセカーケかガレット・デ・ロワと連絡つく?」
「カリソンに頼むほどじゃないんだけど」
「多分ね、どっちかが私の恋人って設定にすればアイツ爆発するんじゃないかなって」
「メドヴィク、私、もう考えらんない」
「こんなのヤダ。クランセカーケもガレット・デ・ロワもこんなハニトラ嫌だろうし」
「もうどうしたらいいか分かんないよお」
「……え」
「いやそれは」
「出来なくはないけどそれって」
「ええっとつまり」
「私とチリが交際したことにしてあの女の出方を見るってこと?」
「無理無理無理、リスクが高い」
「ああ、もう、何も考えれないわ」