素直で無邪気で優しくて嘘つきなリーグ職員さん
scene3/オモダカ狙いの暴行者くん04※完


 退院したら退院祝いなんぞを貰い。オモダカは忙しいのに時間をとって私に退院おめでとうございますなんて言ってきて、チリにはメールでサシ飲みの予定を入れられ、ポピーにはいつも私を見たら泣いて逃げるのに震える手でアーマーガアの折り紙を手渡してきて、ハッサクに激励と説教をされ、アオキには挨拶と焼きおにぎりを貰った。
 結論から言おう。全部面倒。
 何にも嬉しくない。本当に、リーグ職員たちのほのぼのとした空気だけが救いである。四天王とトップつまり上司の柔らかな態度なんて要らないんだ。やりづらくなる。動きにくい。好意とは、それだけ相手を見ている事である。好意とは、相手を知りたくなることである。
 教えたくねえ。私は内心荒れていた。オリーヴァのリリは察した様子で私の背中を撫でた。ありがとう。捕まえたポケモンとは、私に従順で助かる。
 ああ、リーグ職員、やめた方がいいのかな。真剣に検討しなければならない。
 警察の手が入った暴行者事件はニュースとしてテレビでも流れた。厄介だ。興味関心、非常に結構。だが、追いかけるな。事後処理が面倒だ。
 昼休みはリーグ職員の同期と食べて、綺麗に治った肌を見せる。良かったと安心された。その程度なのである。ポケモン世界って怖いね。

 かくして、帰宅しようかという頃。ちょっといいですかなと声がした。おやと振り返ると、ハッサクがいた。
「あ、ハッサクさん。お疲れさまです」
「お疲れさまです。で、今日はもう帰りですか」
「あともう少しです」
「自宅まで送りましょう」
「えっ、とぉ」
 ハッサクが教員の目をしている。い、嫌だ。自宅を知られたくない。何としてでも回避したい。何か、何か、押し付けられることは。
「セルクルタウン在住とお聞きました」
「アッハイ」
「あそこにはカエデさんもいて安全ですが、道中が安全かは分からない。それはご自身で証明しましたね」
「エート、ソウデスネェ」
「送ってもよろしいですね」
「早めに仕事終わらせます……」
 教員モードのハッサクに勝てるわけがねえんだわ。善の塊。辛い。

 帰り道、タクシーに揺られて、何となく話をして、周りを警戒しているハッサクを宥めて、私はセルクルタウンの自宅に帰った。
 小さな家だ。それがこれほど安心するとは思わなかった。
 盗聴器盗撮機の類を全てチェックし、冷蔵庫の中身を調べて食べれないものは捨てる。服を脱ぎ捨てて、珍しくオーバーサイズのニットを着た。メンズとかレディースではなく、ユニセックスらしい。よく知らないけど。
 そして、電話をした。

「もしもし、カリソン?」

「ええ、こっちは困っててね」

「そうそう、カリソンが適役」

「座標を細かく指定しなきゃね。ふふ、分かってる」

「甘くて美味しいカリソン。座標はねえ、まだ分かんない」

「でも、こちらからある程度"動かす"ことはできる」

「未来を引き摺り下ろすの」

「ええ、カリソン。頼みたいのはいつもの事」

「分かってるわね」

「いい返事。ありがとう、カリソン。愛してる」

 電話を切る。ふむ。これでいいだろう。
「さて、もう一仕事、しますか」
 オリーヴァのリリが嬉しそうに揺れて、デンリュウのリュトが額の石の下に隠したメガストーンをきらきらと輝かせた。うんうん。よろしい。
 私は白金に赤が混じる髪をワックスでセットする。ニットにジーンズ。足元はショートブーツでいいだろう。燃えるだろうなあとしみじみ思う。まあ、病院送りはもう嫌なので、それは回避するとして。
 手袋を脱ぎやすいものに変えた。これでよろしい。
「本気になりますか」
 伊達眼鏡を外した。

 夜のセルクルタウンを出る。周りの警戒は怠らない。監視などはいない。まあ、退院してすぐ行動するとは思わないのだろう。普段の大人しい佇まいが功を奏した。やったね!
 スタスタと風を切るように歩く。早足で、セルクルタウンの外を進む。上空、よし。地面、間違いない。焼け焦げた匂いの跡。ある。私が襲われた地点。そこから数メートルズレた場所。山が見える。ぼうぼうとポケモンたちが鳴いている。元気で宜しい。
「リス」
 パチリスのリスを出す。リスはくしくしと頭を掻いてからにこにこと笑った。無邪気で宜しい。
「匂いを辿れるね」
 リスは頷いて、たったと歩く。ポケモンの嗅覚は大抵、人間より優る。便利だ。恐怖もするが。
 最強リザードン。に、確実に勝てる。が、本番はそこではない。最強リザードンは被害者である。私は最強リザードンにバトルを挑まない。あの暴行者の座標を引き寄せる。それだけだ。
 リスは山の中を指差す。それでいい。私はこつんと足を音を立てた。そして、デンリュウのリュトを出す。やることは一つ。手袋を脱いだ。
「リュト、メガシンカ」
 そして。
「でんじほう。最大火力でよろしく」
 私の目の前で、でんじほうが爆発した。

「セルクルタウンの西で爆発あり! 爆発物処理班は出動! トップを呼べー!」
 そんな警察に呼ばれたオモダカは、爆発地点に向かっていた。緊急でそらをとぶを解除。アオキのムクホークに乗って、オモダカは急ぐ。何が起きているのか。分からないが、爆発地点に民家などはないはすだ。早く行かないといけない。焦ってはいけない。だがもう、このパルデアを、オモダカを愛してるからなどと嘯いて荒らすことは、度し難い。

 そんなオモダカの後ろを何かが飛んだ。ムクホークが反応する。オモダカが後ろを振り返ろうとした時。
 ドカンッと爆発。というより、閃光弾に近い。オモダカの視界が眩む。しまった。ムクホークが落ちていく。しかし体勢を立て直した。閃光弾は地上から放たれたのだ。下を見ると、吹き荒ぶパルデアの大地に立つ人とポケモンがいた。見たことのないポケモン。白い髪の、男?女?性別は分からない。だが、その人はポケモンに地面を指差した。雷鳴。かみなりが、人間とポケモンに落ちる。は、とオモダカは唖然とする。脳の処理が追いつかなかった。あれは、自分に、かみなりを撃った?
 そんなの、大怪我するに違いない。だが、眩む視界は世界を見れない。
 漸く視界が戻ると、オモダカはその場に降りた。かみなりが落ちた場所は焼け焦げて、衝撃でクレーターすら出来ている。ただのかみなりの威力ではない。そして、人間の痕跡はない。
 何が起きた。オモダカは唇をきゅっと引き結ぶ。この地に強靭な、狂気的な、でんきタイプの使い手がいる。
「見つけなければ」
 オモダカは決めた。

「もしもし、カリソン?」

「うん、ありがとう。処理も完璧。流石だね」

「やっぱ時空を超えれるっていいなあ」

「そういえばこの間メドヴィクに会ったよ」

「元気だった! ええ、とてもね」

「カリソンもメドヴィクも職人気質で素晴らしいわ!」

「え、私?」

「うーん。私は大雑把だからなあ」

「ま、この地にストーンを持ち込んだ責任ぐらいはとるよ」


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