素直で無邪気で優しくて嘘つきなリーグ職員さん
scene3/オモダカ狙いの暴行者くん02


 男性だった。
 あ、男か。そう思った。オモダカは男女共に人気があるから、女性も想定していたのだ。ふむふむ男性だったら素手で暴行もあるかもしれない。まあどうせポケモンを使うのだろうが。
 ただ、とんでもなく強いポケモンが何なのかがちょっとばかり気になるもので。
「な、なんですか……」
 オリーヴァのリリの肩付近に手を置いて後ずさる。男性は眉を顰めた。
「オリーヴァの、50レベル? リーグ職員ってホント大したことねえな」
「えっあ、」
 男がボールを投げる。出てきたのはリザードンだった。あ、私、このリザードンわかる。

 最強レイドのリザードンだ!

 ゲームデータ引き継ぎ奴である。わあ、不穏因子で確定じゃないですかあ。ヤダァ。ここから巻き返すの非常に面倒。
 無言で怯えたふりをする。男はリザードンにだいもんじを指示した。暗い道にだいもんじの炎が光る。だいもんじ浴びて確定死、にならないのが、この世界の人間である。医療の発達も半端ないからな。
「っあ、リリっ!」
 か弱くリリに助けを求める。リリは自己判断でタネばくだんを放った。炎にワザが焼ける。うーん、やけど(人体)コースだこれ。
 わりと真面目に気が狂った男だったので、マジで戦うべきか迷っているとだいもんじが私の肌を焼いた。わ、普通に痛い。
「いっ」
 それ以上声が出ない。脂汗が額に滲む。何とか利き腕と利き足は守った。服が焼け焦げる。全裸は回避。やったね!
 よくねえ。
 どうしたものか。リリは何とか立っている。すごいが、それは気合いの賜物であり、HPはとっくにゼロのはずだ。ボールに戻さないと、とろくに動かない手でボールを掴もうとして、滑った。やっべ。
 男が歩いてくる。暴行ルート確定。はっはあ。痛いのは嫌だ。
 あとレイプはもっと嫌だ。
 蹴られるぐらいがいいな。そう思っていると、男が止まった。おや。これは。最悪のルートが来るのでは。
「何をなさっているのですか」
 来ちゃった。

 とりあえず、今一番聞きたく無い声がした。ずる、と頭を動かして後ろを見ると、タクシーを止めて降りたオモダカが居た。わあ。最悪。
「オモダカ! やっと会えた!!」
「何をなさっているのですか」
「アンタを待ってたんだ! アンタを! 俺のものにする為に!」
「何をなさっているのですか」
「アンタはリーグの奥にいる! だったら俺がこうして動けば! アンタは! 俺の嫁なら来るって信じてた!」
「何をなさっているのですか」
 いやオモダカ。botじゃねえんだわ。私は遠い目をした。おおっとこれは被害者(笑)である私そっちのけで話が進むな。ははは。止めろ。即刻やめろ。
「結婚しよう!」
「全く。シキさん、立てますか」
 おおっとここでご指名。当然、暴行男が眉を吊り上げる。まあね、「俺の嫁」に無視された上に、他人の名前呼んでたら嫌だろうよ。知らんが。
「立てますね」
 断定か。オモダカという女、知ってはいたが他人を動かすのがうますぎる。つまり私、これ立てますね。嫌だな。
「よっこら、と。オモダカさん、あの、そのう」
「病院はこちらが手配しましょう」
「ありがとうございます。あの、彼方の方は婚約者ですk」
「違います」
 食い気味に言わんでも。暴行男がわなわなと震えている。爆発するぞあれ。どうするんだオモダカ。どうするんだトップチャンピオン。どうするんだ私。この暴行男を撲殺しないと、私、神さまに顔向けできないんですけど。
「オモダカは俺の! 嫁だ!!」
 ほら来た。私にだいもんじを撃つな。バカの一つ覚えか。
「キラフロル、テラバースト」
 あっ、この人。
「トレーナーを狙ってください」
 人間にワザを撃つのもやぶさかでは無い人かあ。

 かくして暴行男が最強リザードンを連れて退散した。ええ、私、ここで逃すの嫌なんだけど。
 しかしオモダカが来ていてはロクに動けない。流石はトップチャンピオンなだけあって、洞察力が凄まじいんだ。隠したいことを目の前でやる勇気はない。そして切り札であるリュトを絶対に出せない。
 とても、つらい。
「シキさん、病院を手配しました」
「あっはい。すみません、ありがとうございます!」
「ふふ、元気ですね。火傷だけですか?」
「はい。爛れてますね」
「そう、少し応急処置をしましょう」
「はい?」
 オモダカはそう言うと、そっと私の患部のある腕や足を露出させて、やけどなおしを吹きかけた。いやそれポケモン用なんだよな。人間にも少しは効果あるけども。
 ポカンとしていると、突飛ですみませんとオモダカは苦笑した。
「シキさんが、こんな無茶をしてパルデアを守ろうとするとは思わなくて」
「はあ」
「少し、印象が変わりました」
「エッ何、えっとお」
「シキさん、申し訳ありませんでした」
 謝られてるのは、マジで、何で。
 オモダカの綺麗な顔が申し訳ないとしゅんとしている。そんな顔できたんですね。私びっくり!
「あの、謝らないでください。オモダカさんはトップチャンピオンです。簡単に謝っちゃいけません」
「ですが、これは私を呼び寄せるための罠でしたから」
「だとしても、謝っちゃいけないんです」
 オモダカに何としてでも、この件から手を引いてもらわなければ、ならない。
「貴女はトップチャンピオン。パルデアの輝き。この地の王者なんです」
 オモダカが目を丸くする。私は続ける。
「王とは、民を思うものであり、民に祀り上げられるものです。崇拝の対象です。それは、どれだけ民を思っていても、同じ目線になってはいけないという事です」
「それは……」
「崇拝対象が同じ目線になることは、崇拝対象の堕落を意味します」
「あなたは……」
「美空は美空でなくてはならない。分かりますね」
 はっきりと言い放つ。だから、この件から手を離せ、と。
 オモダカは呆気に取られている。私は火傷の痛みで頭がおかしくなりそうな中で、畳み掛けたので、間違った事を言っていないか、とても慎重に言葉を選んだ筈だ。
 だから、オモダカがそっと目を閉じた時、私もまた、目を閉じていた。
「ごめんなさい。ありがとう、シキさん」
「私は何にもしてません」
 まーじで何もしとらん。


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