素直で無邪気で優しくて嘘つきなリーグ職員さん
scene1/チリ狙いのヤンデレちゃん02


 世界平和、というものがある。世界が平和だったらいいよね、という話だ。それはきっと皆が必要とするのではないだろうか? 私だって、平和がいい。だから、私の神さまもきっと平和を望んでおられる。
 劣悪な環境から転生させてくださった我らが神、ミュウさまは、平和を望んでおられる。

 ほのか、というトレーナーが、ジムバッジを揃えてもいないのに何度も面接に来てはチリに恋愛の意味でアタックし、面接官がチリではないと暴言を吐いて去っていくらしい。
「それはまた、」
「シキさん! 変わった人、で、すませられせんよ!」
 後輩は炎を背負っているように見える。実際、パートナーがほのおタイプだった筈なので、炎を背負っているのはガチなのかもしれない。
「でも、今のところ業務に支障が出てるとは聞きませんが……」
「はい。そうなんです。でも、暴言が酷くて……面接官やりたくないって皆が言うんです。あと、パートナーのイーブイが見るたびにやつれていってて」
「イーブイが?」
 イーブイは遺伝子が不安定ともされている。可能性が多いポケモンであり、柔軟なポケモンだ。それが、やつれている?
「まさか、虐待、ですか?」
 可愛いので人気が高い上に育てやすいポケモンだ。それを虐待とは、恐れ入る。どんな人物なのか、ふつふつと興味が湧いてきた。もしかしたら、不穏因子かもしれない。だったら、私は今すぐにでもそのトレーナーと会わねばならない。
 ああでも、急いではいけない。メインディッシュを食べる前には前菜やスープがあるものだ。
「虐待、とはまだ判断できなくて……」
「アカデミーの生徒ではないらしいですよ」
「制服着てなかったもんな」
「まあ、制服着てないだけかもしれないけど」
「年頃はアカデミー生ぐらいかも」
「そうだ、シキさんの弟さん、アカデミー生でしたよね。ほのかってトレーナーがアカデミー生か聞いて来てもらっていいですか?」
 渡りに船である。
「はい。でも、個人情報をすぐに教えてもらえるか……」
「いるか、いないか、なら個人情報に当てはまらないんじゃないか?」
 男性職員が言う隣で、後輩がうんうんと頷いている。私は引け目を感じているように、少し目を彷徨かせてから、言った。
「今度、弟に聞いてみますね」
 是非早めにお願いします。後輩が炎を背負って言った。本当に炎がないか?

 書類仕事を済ませて、早めに昼休憩をとる。リーグの社員食堂で、オリーヴァのリリと一緒に、ご飯を食べた。私は炒飯定食。リリは市販のフーズにお手製のふりかけをかけたものだ。
 まだ人がほぼ居ないに等しい食堂で、ご飯が美味しいなあと食べていると、前の席に失礼するでと人が座った。視線を上げれば、チリが不機嫌そうに座っている。なお、手にはオムライス定食があった。子ども舌なのか?
「なあ、探り入れたやろ」
「何の話ですか?」
 マジでまだ何もしてないが。そんな困惑を乗せて言えば、チリはわかっとるやろと赤い目で睨む。わあ、美人の睨み顔こわい。
 仕方ないので私はもぐもぐと食べながら話す。
「私は名前を小耳に挟んだだけですよ?」
「……」
「チリさん、顔が怖いですよ?」
「あっそ」
 それよりも、と、私は言う。
「お困りと聞きましたが?」
「アンタに話して何になるん」
「"何もならない"です。でも、話す事で鬱憤を少しでも緩和できるなら、それに越したことはないのではないですか?」
「よく言うわ」
 チリはオムライスを食べ始める。一口がでかい。早食いは良くないぞと思いながら、私はメガネの赤縁をそっと直した。
「……」
「……あ、そうだ。聞きたいことがあるんです」
「何や」
「大したことじゃないんですが」
 私は眉を下げて見せた。反対にチリの眉を吊り上がるが、まあいい。予想の範囲内だ。
「イーブイって育てやすいと学んだのですが、やつれる事なんてあるんですか?」
「そら、生き物やから環境によってはやつれるやろ」
「それは当然です。でも、イーブイって環境への対応が上手な筈では?」
「模範解答やね」
 チリは眉を顰めて言う。
「環境への対応が上手だからこそ、環境からの影響を受けやすいんや」
「へえ」
「アンタもそれぐらい分かっとると思ったんやけどなあ?」
「えへへ、私、普通のリーグ職員ですので、四天王の方ほどは知識が充分とは言えません」
「あっそ」
 全く。こちらが笑っているのに、チリは笑顔一つしない。何を警戒されてるんだか。分かってるが、分からないフリを続けるべきである。
 計画は早めにしたほうが良さそうだ。
「チリさんは甘いもの好きですか?」
「は? 何やの突然」
「甘いもの、ですよ。例えば、メドヴィクなんてどうです?」
「めど、なんて?」
「メドヴィクです。他の地方のはちみつケーキですね」
「はちみつ?」
「あまいミツのことです。どうですか? 食べたいですか?」
「アンタが差し入れてくれるん?」
「"どちらでも"」
 にこっと笑えば、チリは目を細めた。わあ、美人。これで笑えばもっと魅力的だろうに。ああ、勿体無い。
「食べたるわ」
「じゃあ、早速、明日お届けしますね」
「そんなに早く手配できるん?」
「人脈があるので」
「便利な人脈やなあ」
「人脈はあればあるほど助かります」
 あと、チリさん。
「私、メドヴィクが"好き"なので助かりました」
 は、とチリは怪訝そうに眉を顰めていた。


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