素直で無邪気で優しくて嘘つきなリーグ職員さん
scene1/チリ狙いのヤンデレちゃん01


 朝日を浴びて起き上がる。何度家族に言われても、寝間着を着ない癖は治らない。というか、裸じゃないと眠れないので仕方なく脱いでいるほうが正しい。ただ、キーストーンの指輪だけは絶対に外さない。今日もちゃんと左手薬指にあることを確認して、私は気合いを入れてクローゼットに手を伸ばした。

 リーグ職員の朝は早い。特に私はリーグの寮に入っていないので、通勤時間というものが発生する。それでもリーグの寮に入らないのには訳がある。
 ここはパティスリー『ムクロジ』のあるセルクルタウン。そう、パルデア地方のスイーツ界隈で最大手の『ムクロジ』である。スイーツ系フリーライターだった頃の人脈で手に入れた『ムクロジ』近くのアパートが我が家なのである。
 ポケモンたちの体調チェックと朝ごはん、自分の朝ごはん、と済ませて。赤いモンスターボールに全員をしっかり戻す。ベルトにボールを並べて、数を数える。六つ。ぴったりだ。
「行ってきまーす」
 そう言って、我が家を出た。

 行きがけに『ムクロジ』で今月の新作スイーツを幾つか買ってタクシーに乗る。タクシー代はリーグが出しているので気にしない。オリーヴァのリリがポンっとボールから出てきて、恐る恐る外を眺めてはヒャッと怖がって私のお腹に顔を擦り付ける。怖いなら見なければいいのに。そう言ってくすくす笑った。

 リーグに着くとタイムカードを切って事務のフロアに向かう。今日は書類仕事をしなければ。そう思ってフロアに入ると、おはようと職員の皆が各々挨拶してくれた。なお、徹夜組や夜勤の人達もいた。お疲れ様である。
「あの、『ムクロジ』でお菓子買ってきたんです。徹夜した方と夜勤の方優先でどうぞ!」
 わあっとフロアが湧く。普段の勤務の人も、今月の『ムクロジ』の新作を一目見ようとやって来た。皆が喜ぶのをニコニコと眺めていると、おはようさんと声がした。
「あ、おはようございます!」
「ん、元気やね。何? 菓子?」
「『ムクロジ』のお菓子です」
「あ! チリさんおはようございます。あの『ムクロジ』の今月の新作ですよ!」
「シキさんは、流石は元スイーツ系ライターさんよね、こういったことに一番早いんだから」
「えへへ、ありがとうございます」
「ふうん」
 チリはちらりと私を見て、ふいとそっぽを向いた。あらら、折角笑顔にしてたのに。
「うちはいらんから皆で食べるんやで。あと、今日の面接予定張っとくで、見とき」
 はーいと職員たちが返事をする。いい返事やねと笑って、チリはさっさと私の隣から去っていく。私はチリを目で追うことはしない。それよりも『ムクロジ』のお菓子は見た目も良いですよねと笑った。
 そんな私に、職員たちは言うのだ。
「本当にシキさんはチリさんに靡かないわねえ」
「シキさんはチリさんに媚を売らないから助かる」
「ここのところ変な輩多いからなあ」
「チリさん親衛隊があるんですけど、シキさん入りませんか?!」
 にこにこと笑って、最後の勧誘にだけ頭を横に振る。
「親衛隊だなんて、私には荷が重いですよ」
「そうですか? 出来る気がするけどなあ」
 後輩の職員の女性は、首を傾げた。ふふと、私は困り顔をする。
「だって、最近、その、"変わった方"が多いから、親衛隊の方は気を揉んでいるだろうなって思ってて」
 眉を下げて言えば、後輩はそうなんですよおと憤った。
「チリさんに近寄ろうと強引な人がいて! えっと、一番最近だと……」
 そう、と職員たちが数名、口を揃えた。
「ほのかってトレーナー!」
 私はそっと目を細めた。


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