◎深層心理に触れる者


掌編/🌱🏛/深層心理に触れる者


 柔らかな色をしている。カーヴェはいつもの赤い衣ではなく、白いトップスにベージュのズボンを履いている。シーツを洗って取り込む姿はまさしく伴侶そのものだ。アルハイゼンは、カーヴェと結婚はしてないはず、とすこしゆだった頭で考えた。
 わかってはいる。カーヴェにとって、アルハイゼンは仮の棲家で。たとえ「僕らの家」と書いたところで、カーヴェの表面でしかない。
 カーヴェの本質はもっと、根深くて、表層意識に表れないものだ。痛みだとか、苦しみだとか。そんなものは表層だ。その根にある寂しさと後悔。懺悔と贖罪の日々を、カーヴェは酒で飛ばして、見ないふりをしている。否、本当に見れていないのだ。
 アルハイゼンはそこに踏み込むべきであると思う。かつてはそれを指摘した故に別離があった。だが、今のアルハイゼンはもう大人だ。うまくいく策略を考えられるはずだ。
 どうにかして、カーヴェの深層心理を暴き、その上で、アルハイゼンのことを考えて欲しい。これはエゴである。アルハイゼンはカーヴェに深いエゴを抱いている。これは恋だとか、愛だとか、そういうものとはすこし違う。並び立って暮らすための、確実に分かり合えないと自覚するための、儀式の一つに過ぎない。
 他人は皆言うだろう。それは非道いことだ、と。アルハイゼンは思わない。鏡として並び立つなら、必要なものだ。必要経費と同じだけのこと。

 ただ、カーヴェはアルハイゼンと同じだけのレベルの頭脳を持ち合わせている。策略は必ず崩壊する。慎重にならなければならない。
 カーヴェがもし、アルハイゼンの非道に気がついた時に、心を守って、閉ざしてしまったら、すべてがおしまいだ。並ぶことも、彼は許さなくなる。

 また、カーヴェがあの瓶の中のような場所に囚われる可能性もあるのだ。カーヴェなら出てくる。そう確信する。それだけ強い男である。
 だけど、もし、その深層心理に、アルハイゼンより先に触れるものがいたら?
 その結果、カーヴェがその者に心を預けたら。
 アルハイゼンはきっと尋常ではいられない。

 カーヴェは己の鏡である。視野を埋めるには、同じだけの頭脳を持つ、全くの他人が必要である。

 カーヴェでなくてはならない。アルハイゼンはゆだった頭を冷やすように、冷たいコーヒーを飲んだ。


07/29 18:17
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