◎溺れる


アルカヴェ


 優しさに溺れる。

 線を引く、数字を刻む。カーヴェはいつも正しくあろうとする。人は善を得ている。カーヴェはいつも、人に悪を見出さない。
「僕が悪い」
 そうして、自分こそが悪の根源と言う。

 アルハイゼンは定時で仕事を切り上げて、さっさと帰路に着く。バザールに寄って、いくつかの食料を買うと、帰宅した。
「あ、おかえり。夕飯できてるぞ」
「ただいま」
「何か買ってきたのか?」
「日持ちする」
「ふうん。ならいいや。早く夕飯にしよう」
 カーヴェは髪を揺らして、さっさと夕飯の仕上げにかかった。

 アルハイゼンの幸福とは。たまにそんなことを言う。そこにカーヴェの幸福はあるのか。そんなことは言わない。言ってしまえば、彼は深く気を病み、家を出てしまう。
 家を出て、どこかで害を与えられたら。それこそ、アルハイゼンの危惧するところだ。
 この繊細で苛烈な男に、害はあまりに多くて、アルハイゼンすらも、その害の中に入っている。
 彼にとって、この世の全てはあまりに重たい。人は霞を食っては生きていけないのに、彼は霞でないと生きていけない。
 健やかであれ。アルハイゼンの願いを、カーヴェは笑う。酒を飲み、全てをひとときだけ忘れて、言う。
「僕は最悪の人生を得ているのさ」
 きみは最悪を選ぶしかない。アルハイゼンはそれが、口惜しいと思う。


12/09 17:29
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