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 2015.12.11.Fri:23:42

第75回フリーワンライ企画様へ提出作品
使用お題:真冬と桜の花弁/離れられる距離感で/滑らかな肩をそっと包んで/愚者の恋/ごめんね、自分の言葉で言えなくて
ジャンル:二次BL
CP:うぐしし
タイトル:おはようからおやすみまで
#深夜の真剣文字書き60分一本勝負


 彼(あ)の刀が昔「きみが好きだ」と言ってくれた、夢。
 朝、目が覚める。急いで身支度を整えて、あの刀の元へと急いだ。音を立てないようにしながらもなるべく急いで彼の部屋に向かい、やがて部屋の前に立つと呼吸を整えた。最後に深呼吸をし、入るぞと声をかけてそっと部屋の障子戸を開けば、起き上がって部屋着に着替えた部屋の主がこちらを見て微笑んだ。
「おはよう、獅子王。」
「おはよ、鶯丸さん。」
 目的を達成した俺はそれじゃあと部屋の前から離れようとして、待てと引き留められる。どうしたのかと振り返れば鶯丸は机の引き出しから櫛を取り出して、髪を整えてやろうと言った。
 言葉に甘えて部屋に入り、鶯丸に背中を向けて座る。手早く結っていた髪を解き、後ろに髪を流せばすぐに鶯丸の手が伸びた。丁寧に櫛を入れ、とかしていく様はなかなかに心地良い。しかもあの分かりにくい性質をしている鶯丸が俺の髪をとかしているのは少しばかりの優越感を感じさせた。こんな事に浮かれるのは変なことかもしれないけれど。
 鶯丸の手で髪が丁寧に結われる。編み込みも随分上手になったなと鏡を見て言えば、もう何度も行っているからなと言われる。そう、こうして髪を結い直されるのは初めてではない。
 毎日の朝の挨拶をするために顔を出すようにしていると、毎回ではないが、今回のように髪を結い直してくれる。毎回だといいのになと少しだけ思いながらも、鶯丸に伝えるつもりはなかった。たまに彼が思い立って行ってくれるのが嬉しいからだ。

 部屋から出たら台所に向かう。そこで朝食当番の手伝いをしていると、続々と刀剣男士たちが食堂にやってくる。その場で朝の挨拶をし、何振りかで朝食の準備を整えるとまだ起きてこない刀を審神者である主自らが起こしに行った。その手にはフライパンとおたまがあったので、毎度同じなのに起こされる奴は心底驚くらしいと噂の音が今日も食堂まで届くのだろうなと心の中で合掌した。
 朝食は鯖の味噌煮にほうれん草の煮浸し、あとは大根の味噌汁にほかほかのごはんだ。これは朝からけっこうがっつりな献立らしいが、刀は皆揃って大食いらしいので、特に気になる量でない。尤も、刀と前置きした通りに人間である主なんかは毎朝頑張って食事をしているみたいだった。
 食事中、ちらと鶯丸を見れば、俺の隣でゆっくりと食事をしていた。そう、隣なのである。主以外は自由席なのだから隣に座る決まりはないのに、毎朝の朝食の手伝いを終えて空いてる席を探せば鶯丸がいつも手招きするのだ。それに甘える俺も大概なところがあるんだろうけれど、さすがに周囲からの微笑ましい視線が気になる。鶯丸は食事中に喋ることをしないからさらに居心地が悪いような気がする。だって鶯丸は何だかんだでよく喋る刀だからだ。八割大包平の話だけど。

 朝食を終えると片付けの手伝いをし、朝食後すぐに近侍の手で掲示板に発表されると決まっている、本日の部隊と内番を確認する。今日も刀が集まって一喜一憂するその表を見ようと本日も本日とて四苦八苦していると上方から今日の獅子王は畑当番だと教えられた。声の方を見上げれば鶯丸がいて、俺は休暇だと笑っていた。
 さてはて畑当番だとは聞いたが誰と組まれたかは分からない。とりあえず部屋着から内番着に着替えて畑に向かえば、よろしくお願いしますと五虎退が小さな腕に畑道具を抱えて挨拶してくれた。どうやら五虎退と組まれたらしいと分かり、まずは畑道具を受け取って本日やるべき畑仕事を話し合った。
 あらかた終えた頃、太陽の位置からして昼前になっていた。ちゃんとやれば午前中にここまで進むもんだなと半ば感動しながら五虎退を呼んで、駆け寄ってきてくれた彼に昼休憩を提案した。

 昼ごはんは握り飯二つである。握り飯二つと侮るなかれ、一つは御手杵作、もう一つは鶴丸作である。御手杵の握り飯は大きくて形が悪いけれど優しい気遣いを感じる味がする。食べ方に気をつければいいだけなので問題はそれほどない。問題は鶴丸作の方で、気をつけて食べないとたまに入ってるオマケをガッと噛んでしまう。オマケとは小さなおもちゃで、種類は小さな指輪から時計の歯車まで幅広い。すべてきちんと消毒されてはいるらしいが、噛んだ時の気持ちは何とも言えない残念な気持ちになるので注意しなければならない。あと下手したら怪我するので気をつけるべし。滅多に怪我する奴はいないけれど。
 五虎退とのんびり昼飯を食べていると、休憩している木の下に鶯丸がやってきた。その手の中には握り飯が一つ。見た目からして御手杵作のものらしいが足りないだろうと言えば、どうやらお茶請けを食べ過ぎたとの事。珍しいと思いながら次は食べ過ぎないようになとやんわり言えば、ふふと笑われる。何かあったかと五虎退と顔を合わせれば、鶯丸は言う。
「獅子王が隣にいると食べ過ぎないからな。」
 気が緩んだと笑みを浮かべて言うので意味が汲み取れないと不可解で曖昧な返事をこぼすと、隣に座っていた五虎退がくすくす笑っていた。彼を見れば、弁明しようと慌て始めたので、まあいいけどと流しておくことにした。

 畑仕事はお八つの時間を過ぎた辺りに終わり、五虎退と風呂に入ってから自由時間とすることになった。
 自室に向かって廊下を歩きがてら髪をタオルで乾かしているとひょいとタオルを後方に立った者に取られる。誰だよと振り返ればそこにはいつもの表情の鶯丸がいて、乾かしてやろうと言った。
 部屋の中でタオルを使って水気をある程度取ると、鶯丸はどこからかドライヤーを取り出した。どうしたんだと呆れれば脱衣所にあったものをくすねてきたと堂々と言うので、俺が元の場所に戻しておこうと心に決めた。どうやら元から俺の髪を乾かすつもりだったのだと分かったからだ。
 ドライヤーの温風で髪を乾かされると俺の髪はそれはもうふわっふわになる。さながら絵本の中の獅子のように、である。それを知っている鶯丸は特に動揺することなく櫛を使って慣らし、いつもの様に丁寧に結う。できたと満足そうな鶯丸にお礼を言えば、では茶をしようと誘われた。それ何度目の茶だよと言えば、分からないと不思議そうにされた。

 茶を飲んでゆっくりしていると夕飯になって。食べ終えて、朝と同じく当然の様に隣にいる鶯丸が風呂に出かけるのを見送った。俺は風呂に入ってしまったから何をしようかと考えて、どうせならと本日二度も自分でも厄介だと考える髪型に髪を結ってくれた鶯丸に恩返しをしようと思い立った。まあ単純に風呂に入った後は寝るだけだろうから布団を敷いておこうという事だ。

 鶯丸の部屋に入って白い布団を整えていると静かな足音が聞こえた。鶯丸だと分かったので内側から障子戸を開けば目を見開いて驚いた顔をする鶯丸が立っていた。ちょっとだけ悪戯が成功したような気分がした。
 鶯丸に布団を敷いておいたことをすれ違いざまに伝えて部屋を出ようとすれば、まあ待てと腕を掴まれる。そのまま引っ張られて部屋の中に入らされ、座るといいと言われたので困れば、彼は櫛を取り出していた。髪をとこうとしていると分かったので彼に後ろを向けて朝のように座り、髪を解こうとする。すると彼は俺の手をその手でやんわりと押しのけて、俺の髪留めを取り外した。それから丁寧に髪を解いていくので、こんな事は初めてだと少しばかり混乱する。やがて彼の櫛が入れられ、俺の髪がとかれていく。そろそろ終えた頃だろう。櫛が離れたのを感じてお礼を言い、立ち上がろうとすれば首に腕が伸びた錯覚。どさりと俺はバランスを崩して鶯丸の腕の中に収まった。
 肩を抱かれているので手をその腕に伸ばして離してくれないかなと叩くものの鶯丸は離そうとしない。さてどうしたものかと考えていると、ぽつりと彼が言う。その言葉に目を見開いた。
「おろかものだと笑うか。」
 何の事だと言えなかった。ただ、そんな訳がないだろうと言いたかった。でも言えなかった。だってそれは今の状況に甘んじている俺だって、同じじゃないか。

 今朝の夢。それは昔いた場所で彼に伝えられた言葉だ。実際にあった事実のそれ。あの頃の俺たちは素知らぬ顔なんてうまくなくてぎくしゃくとそりゃ酷い有様だった。そして今は、状況に甘んじた、なんと愚かなひととなっことだろうか。
 変わるのは怖いのか。そう言われた気がして、俺は脳みそがぐらぐらと揺れて体が震えた気がした。
 でも、言わなくちゃいけない。あの時、返事をしなかった俺はもういない筈なんだ。
「“きみが好きだ”」
 あの時、鶯丸が言ってくれたこと。そのままでごめん。だけど、今の俺にはこれが精一杯なんだ。そうして彼の腕を触る手で縋りつけば、ひらり、どこかで桜が舞ったような気がした。



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