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 2015.11.06.Fri:23:32

第70回フリーワンライ企画様に提出作品
使用お題:水たまりを照らす虹、近くて遠い、輝く瞳に夜の色
ジャンル:二次BL
CP:鶴獅子
タイトル:午後
#深夜の真剣文字書き60分一本勝負
刀剣乱舞、鶴獅子。ほぼ足し算。


 本日は台風一過也。
 本丸に台風だか嵐だかがやってきたのは審神者である主のミスである。何を思ったか秋の季節から夏の季節に季節を変えようとした主はその変更の際のデータの処理中に眠気を覚え、なんとうつらうつらとしたという。そのうつらうつらとした夢うつつな間もデータ処理は行われたわけでそのデータ処理の為のエネルギーは審神者の霊力を使用しているわけである。つまり、うつらうつらふわりふわりと意識が朦朧としている間に霊力も不安定となっていて、所謂エラーが起きた訳である。
 そりゃもう台風だか嵐だか分からん雨風は凄かった。ごうごうと風が吹き荒れ、滝のような雨がばざばざと屋敷や庭に落ちた。馬をなんとか避難させた頃には雷の音も聞こえ、これは大惨事となるかと誰もが思った。しかし所詮はそれらしく見せた紛い物の時空であり装いであるというべきか。雨風が過ぎ去った時に主人がひょいひょいと操作すれば土が抉れたり作物がひしゃげたりと荒れ果てていた畑が更地に戻り、一部壊れていた屋敷も馬小屋も元に戻り、被害は畑が更地となったことで作物が消えた事と庭に幾つもできた水溜りぐらいなものだった。
 畑には主と刀の総出で再び耕し、種を蒔き、苗を植えた。水溜りは通り道を確保するためにいくつか埋めたが、その他は自然(というのもおかしな話だが)に任せることになった。そうして出来上がった水溜りだらけの本丸は午後からいつも通りの日常を再開した。
 しかし日常が再開されたとはいえ、現実は非日常に満ちたこの本丸。そんな本丸を楽しもうとする者たちは存外いたのだった。
「鶴丸ー何してんだー。」
「聞こえているぜ。しかしまあ、ここは水だらけだな。」
 殆ど土をかぶせてないもんなと言う獅子王はやけに楽しそうだ。俺は驚きが好きだが、正直午前中でもう飽きていた。あの雨風は朝方に止み、朝方から昼まで復旧作業をしていた。そこで出陣予定のない俺はそれはもうこき使われたのだ。飽きるのは仕方ないだろう。
 しかしそれは獅子王も同じはずだと疲れた頭でぼんやり思いつつ、縁側に座って獅子王を眺める。獅子王は内番着で水溜りの間を跳ねるようにして歩き、その雰囲気は楽しそうだ。表情もまた生き生きとしており、何だか納得がいかない気分になる。あれか、俺がじじいということか。そんなの獅子王だって変わらないだろうに。
「鶴丸、ほら見てみろよ。」
 指差す先には水溜り。そこにうつる虹にハッとして空を見上げれば、立派な虹がかかっていた。さっきまでそんなもの無かったぞとぼやけた頭が必死で考えようとするのを笑うように水音が鳴る。ばしゃんと幾つも鳴ったそれに見上げていた姿勢から音の鳴る方へと向けば、獅子王が楽しそうにいくらか離れた場所へと走って向かったことがわかる。しかしそれは場所が目的ではなく、水溜りに足を突っ込みながら走ることが目的だったのだろう。泥だらけの足でひとつ跳ねてぱしゃんと水溜りに飛び込んだ。それはひときわ大きな水溜りで、大きな虹がよくうつっていた。獅子王はそこを進み、くるりと俺へ振り返った。日差しにより獅子王の髪がきらきらと光る。見えている片目のきらきらとした輝き。白い肌と黒い衣服のコントラスト。全部が目に痛かった。
 掴みどころの無いような、そんな頼りない思考の隅で、この少年は何と無邪気なことかと思った。無邪気で、無垢で、輝く子。俺の名を呼び俺と同じ刀剣男士としてここに在るという近い子なのに、その輝きはまるで遠くの陽のようだ。
「鶴丸。」
 とうとううつらうつらとしそうになった所で獅子王が俺の名を呼んだ。何だと返事をしたいのにどうにもひどい眠気がする。陽の光が夏のものの筈なのに心地良く暖かい。
「鶴丸。」
 二度目の呼びかけが聞こえて、重たい瞼を開けばぼやける視界で輝く獅子王がいた。彼はさっきの場所から動いていない。太陽の光が降り注ぎ、虹に照らされた場所だ。
「鶴丸。」
 ああ何だ俺は眠いんだまた後で話そう。そう言いたいのに口は動かないし、何より眩しい彼は眠たい目には強すぎた。とろとろと閉じようとした矢先、ちらと獅子王の目が色を変えたような気がした。
 否、俺はやっとその目を見たのだ。その目を真正面から見た瞬間に獅子王との距離がぐっと近付いた気がした。だって輝く瞳はただの反射にしか過ぎなかったのだ。その場所に立つ獅子王の目は光の反射で七色に輝き、まるで俺は違ういきもののようだ。しかしその目は常と何ひとつ変わっちゃいない。いつもの、俺を慕ってくれる獅子王の、深い深い鉛色の目だ。
(鵺を持つ、夜の目だ。)
 嗚呼何のことも無かったのだ。そんな風に安心してしまえば俺は眠気に身を任せようと目を閉じて体の力を抜いたのだった。

 ぱしゃ、ぱしゃ、水音と足音。遮られた日光。掛けられたのはあの子の上着だろうか。穏やかで柔らかな笑みがこぼれた。



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