[]

「…風邪ね」


37度8分。まぁそこそこって所だろう。動けなくはないが無理をしても保たないくらいの熱。元から体温が低いバーナビーからしたら相当これでもキツイに違いない。
帰宅して早々にふらふらと寝室に駆け込んだバーナビーを見かねて後を追いかければ、息も肌も熱くて驚いた。何故早く帰ってこなかったのかと問いただせばそんなことできないと力無い言い訳が始まり、怒るべきかとりあえず介抱するべきかと悩んだところに虎徹からの着信が入ったわけだ。
『俺じゃ言うこと聞かないからよろしく』。よろしくってなんだよろしくって、と若干怒鳴りそうになるのをぐっと堪え、バディである虎徹相手なら余計にこれは強がりそうな物だと私は無理に自分に納得をさせた。ここで怒っても仕方ない。とりあえず体温調節の効かないライダースをひっぺがし、ブーツを脱がせてベッドに放り込んで体温計を突っ込めば、先程の体温がはじき出される。つまり、風邪。敢えて言わせてもらえば夏風邪。


「…いつから?」
「朝ちょっとだるいなとは、思ってたんですけど」
「喉は?」
「大丈夫です」
「ん、腫れてないね」


さっきの電話が虎徹からだとわかって観念したのか、バーナビーも少しぼんやりとした若葉色の目で体温計の現実とおとなしくにらめっこしている。
首筋の付け根、リンパの辺りにそっと触れれば腫れた様子もなく少し安心した。まだ咳もでてないし、これからかもしれないけれどひき始めなら予防策もある。


「とりあえず着替えて。あと食べれるなら今の内に何かお腹に入れないと」


無理をするわけにいかないが、私もバーナビーも社会人という手前、更にバーナビーの場合はヒーローな訳で。できるならすぐに治してもらわねばなるまい。とりあえず緩い服装と栄養のあるものか。頭の中であれやこれやと考えながら、ベッドサイドから立ち上がろうとすると、僅かに袖が引っ張られる。


「バーナビー」
「………」
「バニー」


振り切ってしまおうと思えばできないこともない強さだが、返事をしないバーナビーに振り返ればそんな気も失せた。
じ、となにも言わずに若葉色の瞳がうつろに私を捉えている。病気になると気が弱くなるとは言うけれど今のバーナビーはまさにそのようで裾に自分をたぐり寄せるように私の手に近づくと、甘えた風にすり寄った。
体を丸めて目を閉じる姿は本当に大きな子供だ。うっすらと汗をかいた額にそっと触れると寄った眉間がゆるまってほうと息を吐く。


「苦しい?」
「……貴女がこうしてくれると、楽になる」


普段からこのくらい言えばいいのに。多分治った後に思い出して頭を抱えるんだろう。ならば存分に抱えていただきたい。


「早く治さなくちゃね。移したら治るとかいうけど…あと運動?」
「あなたがそんな俗説言い出すとは思わなかったです…」
「冗談よ。うつされたら私だって困るから」
「……わかって、ます、よ」


ゆるく火照る頬を撫でながら、まじないの様に瞼に唇を落とす。まずは安心させて眠らせた方がよさそうだ。


「風邪なんて久し振りで」
「気がゆるんだのかしらね」
「ななしが、いるから」
「なぁに、私の所為?」
「甘えてしまう」


だんだんと言葉尻がふわりふわりと浮かんでくる。もう瞼はとっくに閉じていて、触れる部分でお互いを確認しているようだ。空いた手にバーナビーの大きな手が重ねられて、緩く握られる。
睦言のように柔らかい声に思わず笑みがこぼれて、握られた手を解いて指を絡めた。


「それは…光栄なことだわ」
「甘えるなんて」
「いいのよ、甘えるくらい。なんともないわ」


何度も感触を確かめるように緩く握っては解いてを繰り返せば、熱い体温がじんわりと重みを持って伝わってくる。
こんなにも大切で大切で仕方ないのに、甘えられるくらいなんともない。迷惑だなんてとんでもない。甘えられなかった20年分、うんと甘えたっていいくらいだ。


「…もう少し、側に」
「大丈夫。眠るまでいてあげる。だからおやすみ」


とびきり優しく囁けば、そっと吐息が軽くなって手の平の力が抜ける。
最初よりも幾分か穏やかな顔に小さく息を吐いて、繋がれた手を離す。起きるまでにやることはたくさんある。あとは目が覚めた時に一番に私が目に入るようにしなければ。
そっと布団をかけ直して、あどけない頬にもう一度おまじないをかける。


「おやすみなさい王子さま」


________
(110719)

ちづ様リクエスト
- 1 -
PREVNEXT
[]


人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -