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「キース!キース!」

きてちょうだい、と広い家のどこかにいる相手に呼びかければすぐに穏やかな声が私の背中に返ってくる。
背丈があんまりに違うから、私がキースの家を訪ねる時はいつもなにもかもが届かない。私の目線の少し上、手を伸ばした上にいろんな物があるから、とても困る。そりゃローチェストだとか、テーブルの上だとか、そういうものはいいのだ。困るのは「ちょっとあれとって」という「あれ」に手が届かないこと。なんでも気を回して彼もやろうとするからなお困る。困り果てた私が最初に彼にねだったものが、子供が使うような踏み台だったことは後にも先にも一番恥ずかしい思い出だろう。
もちろん今も私は私専用となった踏み台に乗って、書架の一番上段に手を伸ばしているのだがまったく届きやしない。吹き抜けの壁に埋めるようにして作り込まれた棚がこんなにも恨めしいとは。洒落た造りだなどと最初に思った自分も恨めしくなってくる。
返事のあと、ほどなくして現れたキースに一番上を指さすとああ、と笑った返事が返される。


「あそこの本がとりたいのよ」
「さすがに私でもあそこは台を使うけどね」


どれ、とひとつキースは私に近づいて、私の脇に手をつっこんで持ち上げた。若干とらわれた宇宙人よろしくの格好で私は簡単に持ち上げられ、キースの腕を腰掛けにして抱えられる。


「ちょっと!」


咄嗟に抗議の声をあげようとすると、私を担いだまま踏み台にキースはのぼり、お目当ての棚に近づいた。


「ほらこうすれば届くだろう?」
「……いろいろと不服だわ」


私+キース+台=高さ。
まるで子供がされるような体勢に不満はあるが、せっかく届いたのだからありがたく目当ての本を手にとる。


「まるでこれじゃ子供扱い」
「すまない、そういうつもりじゃないんだが」
「わかってるわ、わかってますとも」


子供扱いじゃなく、単純に私がキースの背丈に比べて子供並みに小さいということ。
まったく彼に悪気がないことも、よかれと思って私を抱え上げたこともわかっている。…痛いほど。
わかりやすくしゅんとうなだれそうになたので、そう言う意味ではないんだと綺麗な金髪をぽんぽんと撫でる。


「このままたかいたかーい、なんちゃってしそ、」


いっそ冗談でも飛ばすつもりだったのだが、なぜかこの一言を聞いたキースが目を輝かせた。どうやら私がやってほしいと強請った風に捉えたらしく、せっかく花嫁抱きとも言えなくはない体勢だったのにきらきらとした瞳で猫でも抱えるように直される。
まさか流石に背丈は昨今の子供レベルだけれど、勿論体重もろもろは成人女性の私を飛ばす訳じゃなかろうな。確かめるように見つめた碧眼が眩しい。この人本気だ。


「ちょ、キー…」
「よし、いくぞ」
「ちょ、ちょっとま、」
「たかいたかーい!」
「!!!!!!」


浮遊感、のち重力。
しっかり受けとめられたことに安堵する間もなく、もう一度上に上げるために、僅かに体が下がる。


「からの、」
「えっ」
「スカイハーーーーイ!」


ぶわっ、
下から吹き上げる風で、体が完璧に滞空する。さきほどよりも高い位置で止まった私は、驚きすぎて息も吸えないまま、風圧に支えられながらゆっくりとキースの腕の中に帰還した。
とりまくように私達の周りを風が、様子をうかがうように巻いていく。向かい合わせに抱きかかえられたままじっと見つめ合い、文句を言おうと口を開いたのになぜか腹の底から笑いがこみ上げてくる。いきなりなんだ、とか、子供扱いして、とか。その前にうかんでいた諸々の言葉達が、こみ上げた笑いに包まれて飲み込まれてしまう。


「な、なにそれ…!変よ、変だわ」
「変?」
「あは、あはははは、無茶苦茶よ!『からのスカイハーイ』って…!ふふふ、」
「そうかな?」
「そうよ、でも素敵だわ」


ひとしきりそうやって笑い倒した後、でもきちんと女の子みたく抱き留めてくれたら最高なんだけど、と今度はしっかり要望をだしてもう一回とお願いしてみる。
そうしたら自信満々に今度は頷いて、私は空に抱き留められた。
そして今度こそきちんと胸に飛び込んで。じゃれあうように私もキースにしがみついた。


(高く投げて、そのあと強く抱きしめて)

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(110713)
しお様リクエスト。
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