愛してるっていわない
彼が私に少なからず“依存”しているのはわかっている。 いわゆる病気のようなそれとは違うのは、普段の彼の立ち振る舞いからもわかるだろう。 しかしあの日をきっかけに生まれた私との小さな記憶の共有による依存は、彼をこの世界につなぎ止めておくだけにはふさわしい、忌々しい呪縛なのである。
バーナビーなる人は強い人間である。いや、強がりたい人間なのである。実際にバニー、とからかわれるのは割と的を得ていて、彼の小さな強がりの強さは今日も静かに空転を続けている。
街が愛ににわかにそぞろだつ寒い夜は、彼の部屋では切り離されて無関係になる。 雨が降るように自然に、風が吹くよりは不自然な私を抱き寄せる手は、その依存の現れなのだと私はぼんやりと考えた。息を吸い込めばゆるゆると彼の好む香水の香りが肺を浸す。溺れてしまいそうになりながら、そっと大分高い所にある髪に手櫛を挿せば、不自然を越えて強い抱擁が待っている。何年も続けるこれはまるで小さな儀式だ。
「バーナビー、震えてる?」 「まさか」
ねぇ苦しいわ、と囁けばそれくらい許せと腕の力で返事をされる。少しだけその瞬間が好きだと言ったら、彼は変な顔をするだろうか。
「どうせなら今日は放さないでいいよ」
返事はない。けれど代わりに小さく笑われた。彼の色彩が、僅かに戻る。 今日という日だけは、世界がイルミネーションに彩られても、安っぽい愛の言葉が濁流のように溢れ出しても、彼の世界はモノクロに染まる。あの時あの日、あの場所で、同じものを見た私だけが、その世界に僅かに彩度を足せるのだ。
それが、私への、彼の依存である。そして私の彼への依存。
私の世界を構成する色鮮やかさがその世界を浸してくれたら、私はこの日に愛なんて囁かなくてもいい。
「今夜は側にいてくれるか」 「大丈夫。いなくならないから」
せめてその彩度が保たれるまで。愛してるの代わりに私は強く強く腕を回した。
(愛してるっていわない)
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