それからのはなし
ゆっくりとつむぐはなしとゆっくりとつむいだはなしとやわいつよさのはなしの続き。
それからのはなし。
それから、お父さんはオリエンタルタウンに帰ってきた。今まで知らなかった分のことをたくさんお父さんは話してくれたし、今までの穴埋めのように私と時間を過ごしてくれた。私はなによりもそれが嬉しかったし、いままで突っぱねてしまった分のことをたくさんたくさん穴埋めしようと思った。
それから、ななしさんはオリエンタルタウンには住まなかった。今までと同じくらいの頻度で家にやってきては、シュテルンビルドに帰っていく。いつもと何も変わらぬ笑顔でやってきて、同じ笑顔で帰っていって。たまにお父さんの隣りに寄り添うように立っていた。 私はお父さんに何度か「こっちに来ないのかな」と聞いたけれど、お父さんも曖昧に「うん」と答えるばかりでそれに関してはいつもそれきりになってしまう。お父さんもなんだかもどかしいような表情で遠ざかる電車を眺めていた。
「帰っちゃったね」 「うん」 「なんでななしさん一緒に暮らさないのかな」 「…楓?」 「なんでお父さん一緒に暮らそうって言わないの?」
てっきりそう言ってるものだと思っていたのに。一緒に暮らさないまでも、ななしさんも一緒にオリエンタルタウンに来るものだと思っていた。 そう言ってお父さんを見ると、どう答えたものかと考えるように髭をなでて、また「うん」と言った。
「ななしにはななしの事情があるからなぁ」 「事情って?」 「パパは会社を辞めたけど、あいつには仕事があるし…まぁ、何度か誘ってはみたんだけどな」
だめだってさ、と複雑そうに首をお父さんは傾げていた。
「うん?いや楓。お前なんでななしと一緒に暮らすって」 「ねぇ、お父さん。私だってなんにもわからなくはないんだよ」
そうお父さんを見つめれば、お父さんはしばらく面食らったように私を呆けて見て、何か考えているようだった。 ななしさんがお父さんのことをどう思っているか、お父さんがななしさんのことをどう思っているか、わかっている。 ななしさんの中に、私が知っている言葉なんかじゃ表せない気持ちが、たくさん、たくさんあるのだけは、きっとわかっている。多分、お父さんよりも。
「楓は、どう思う?」
唐突に投げられた質問は、いつになく真剣な表情と一緒によこされた。いつだったか、ななしさんと二人きりで話をしたときのことを思い出す。あの人は、思いついた意地悪な私の質問に丁寧に、優しく答えたのだ。あの柔らかい声で。
「ななしさん、私のお姉さんになりたいって」 「ななしが?」 「ママにはなれないんだって。お父さんの奥さんは一人きりだから、私のママも一人きりなんだって」 「……」 「だから、わかってほしい、そうでありたいって。きっとお父さんはわかってくれるわ、って」
ゆるやかに紡がれた分かり切った事実は、きっとななしさんにとってはどうすることもできない残酷な事実なのかもしれない。でもその柔らかさは、それが当たり前で、そうであることすら幸せそうな。 少しだけ、ほんの少しだけ何も知らない子供でいなくなった私には、そんなななしさんが言った言葉を理解できた気がした。
お父さんは、何も言わず私の言葉をただ聞いて、聞いて、しばらく俯いて黙っていた。私と同じ色をいた茶色の目は、そこにななしさんがいるように、優しい色をさせながら伏せられる。
「楓」 「なに?」 「どうしたい?」 「…お姉さんになってほしいな」 「そっか」
その一言はとっても優しくて、柔らかくて。 それ以上は何も言わず、ただ「帰ろう」と握られた手の平は、どこまでも温かかった。 離れていく電車の音だけが、いつかこちらに戻ってくることだけ私は願う。
それから。
RRR... (…はい) (ななし?) (虎徹さん?どうしたの?) (あの、さ) (はい) (やっぱりこっちに来ないか) (…ううん、それは) (楓が) (……) (楓がお姉さんになってほしいな、って) (…ほんと?) (うん、だから、さ)
家にこないか (君の望む家族の形になりに) ________ (111017)
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