ハッピーバースデー
あと数時間で時計が一周する午後22時。 残業上がりで若干ぼうっとした頭に、見計らったようにかかったバーナビーからのコール。みしみしと軋む背骨を伸ばして電話を取ると、会社の前に車を止めてあるから来て欲しいとのこと。別に急ぎの用でなければ明日でも…と言いかけたところで窓からその姿が見え、私はそっと椅子から立ち上がって手を振った。
正直頭はぼうっとしているし、書類とモニターとのにらめっこで街頭の灯りはにじんで見えるし、いっそこのまま眠ってしまいたい気持ちをぐっと堪える。 少しゆるめの角度に傾けられた車のシートがよりいっそうその気持ちを強くさせて抗い難い。緩く気遣うように踏まれるブレーキと、エンジンの振動がずぶずぶと眠りの底へ私を引きずり込もうとして、ねぇ、眠っても良い?と呟こうとした所で隣からそっと頭を撫でられた。
「良いですよ。家に着くまで寝てても」
なぞるように頬から首へ手をすべらせるその手が冷たく心地良い。 そのまま手の動きに合わせて目を閉じると、小さく笑ったバーナビーの声が聞こえた。
***
「起きてください」
少し長めに眠っていたかもしれない。 揺らされた感覚にやっと目を開けると、殺風景な彼のリビングの椅子に私は座っていた。 目の前のペリドットは少しだけ困ったように私を見つめると、すいません、と小さく謝った。
「でもどうしても今日中が良くて」 「…なに?」
部屋の灯りが薄暗い。 そっと隠すように私の前にいたバーナビーが横にずれると、テーブルの上に橙色の小さな炎が灯っていた。
「ケーキ?」 「HappyBirthday」
言われて漸く目が覚める。 小さいけれどキレイにまとまった、宝石みたいにキラキラしたケーキ。ささやかなチョコレートプレートには、私の名前がしっかり書かれている。 しばらくそれを呆けて眺めていると、呆れた風にバーナビーが「忘れてたでしょう」と笑った。 確かに忘れていたというか、ここ最近の忙しさに意識する間もなかったというか。今日だってそのまま帰って寝るつもりだった。でも私は彼に今日がそうだと言った覚えがない気がするのだが。むしろバーナビーが人の誕生日に頓着がないだろうと思っていたのは失礼だろうか。
「でもどうして」 「恋人の誕生日くらい、気にします。それに、ちょっと」 「ちょっと?」 「誰かを祝うの、憧れだったんです…ってなんで笑うんですか」
だって祝っているのに、祝われているような、そんな顔をするのだから。はにかんだようにゆるんだ口元と澄んだ瞳が愛おしくなって、私は自然と笑っていた。 人に頓着がなかったであろうバーナビーが、今は人の誕生日を祝うことが憧れだったと言う。それがどれくらいのことかわかる人は少なくないはずだ。しかもそれが私の誕生日だったということが、私は素直に嬉しい。
「いいえ、ありがとう。最高だわ!」
その綺麗なブロンドごと頬を包み込んで微笑めば、私以上の笑顔で、それはそれは綺麗に彼は笑ったのだった。
(ひとりより、ふたり。)
______ (110929)
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