やわいつよさのはなし


※21話内容につきご注意ください。

ゆっくりとつむぐはなしゆっくりとつむいだはなしのヒロイン。







お父さんがヒーローだと知って、いてもたっても居られなかった。お父さんは人殺しなんてしてない、ただそれだけの直感で私はお父さんを助けなくちゃいけないと思った。
もしかしたら、その前にたくさんつらい言葉を投げつけてしまったからかもしれない。悪いことをしたんだと、謝らなくちゃいけないんだと、思っていたのかもしれないけれど、それよりも私はお父さんを助けなくちゃって思っていた。

私は私が何ができるかも知らない。お父さんがひた隠しにしてきたことに対して、何も知ろうとしない子供だった。だからワイルドタイガーが居る会社しか知らなかったし、それ以外の何もわからないまま、ただシュテルンビルトへの電車に飛び乗った。


大きな道路、沢山の人。テレビ画面に流れるお父さんの顔。それに怯える街の人の顔。
テレビには何人か家でもみたヒーローが映っていた。バーナビーはどうしてるんだろう。バーナビーはお父さんを捕まえるのだろうか。
なんとか辿り着いたお父さんの会社で、小さな子供の私は、やはり取り合ってなど貰えなかった。「忙しいからね」とだめ押しをされて、唯一の手がかりの前に私はただアポロンメディアの前に立ちつくした。
誰を頼ろう、アントニオおじさんは?あとは誰がいただろう。スケートの先生?とにかく次の行動を起こさなければ。お父さんならどうしただろう、ワイルドタイガーだったら次はどうするだろう。


「楓ちゃん?」


思わず俯きそうになったら、後ろから柔らかい声がして私は振り返った。


「ななしさん!」
「よかった、追いついた。安寿さんから連絡貰って」


ななしさんは携帯を握りしめて、ぜいぜいと肩で息をさせながら私に駆け寄って抱きしめた。
ななしさんの甘い匂いがして、私も同じようにななしさんを抱きしめると、少しだけ震えていた。ななしさんも同じくらい不安なんだ。
ななしさん、と背中をたたくと顔を上げて私の髪をゆっくりと撫でる。安心したような、いつもよりは少しだけ弱々しいけれど私の知っている笑顔だった。


「驚いたのよ、安寿さんにも何も言わずに出てしまうから」
「ごめんなさい、でも私」
「わかってる。虎徹さんを助けたいのね」


まっすぐに頷くと、ななしさんも唇をかみしめて頷いてくれる。私のしたいことなんて、お見通しみたいに、少し悲しそうに、眩しそうに。
私はきっと私と同じくらい、それ以上不安かもしれないななしさんも助けたいと思った。お父さんのことを大事に思ってくれてるなら、私のことも大事に思ってくれてるなら。


「ななしさん。お父さん、ヒーローなんでしょう」
「…楓ちゃん?」
「おばあちゃんから聞いたの」


ななしさんがヒーローに詳しかったのも、バーナビーよりもタイガーが好きだったのも。震えるほどお父さんが心配なのも。全部今なら納得できる。シュテルンビルトで多分私よりももっと側でお父さんを見てきたんだ。
丸い目を開いたななしさんは、そう、とだけ返した。


「ななしさんは、知ってたんだよね」
「ええ」
「だからワイルドタイガーが好きだったんだよね」
「そうよ」
「お父さんを信じてる?」
「信じてるわ」


やさしい、やさしい目だった。
どれだけテレビに怖い顔が映っていても、それをみて街の人が怯えていても。お父さんのことをいつも見ているやさしい目だ。
お父さんは犯罪者なんかじゃない。私達が信じなきゃ、お父さんはこの街でひとりぼっちになってしまう。


「私、お父さんに会いたい。おばあちゃんもおじさんも連絡が取れないって」
「そう…楓ちゃんの家からも繋がらないのね」


ななしさんは納得したように、握りしめた携帯画面を私に見せる。発信履歴にはお父さんの名前が短い間隔で連なっていた。ななしさんすら連絡が取れないなら次はどうしたらいいんだろう。
思わずななしさんを見上げると、大丈夫、と細いしなやかな手が私の手を引いた。


「一人だけ、虎徹さんの味方でいてくれる人を知ってるわ」
「誰?」
「虎徹さんの前の上司の人よ。いつでもあの人の味方でいてくれた、信じてくれてた人」


太い道路を走る車が、長い髪を巻き上げる。
強く握られた手はもう震えていなかった。
街頭の大きな中継テレビにバーナビーが映し出されて、さっきアポロンメディアで会ったおじいさんも一緒に映っていた。バーナビーはお父さんを捕まえるらしい。私が知っているバーナビーとは違う顔で、私が見た雑紙で言っていたタイガーの事なんか知らない顔でカメラに目を向けている。
隣のななしさんを見ると、少し悲しそうに目を細めて行きましょう、と歩き出した。


「……お父さんは犯罪者なんかじゃ、ないよね」
「きっと違うわ。私は虎徹さんがヒーローだって知ってるもの。信じてるもの」


返事の変わりに私はななしさんの手を強く握る。
強くなろう、何も知らなかった私はもういないんだから。
お父さんが私達のヒーローなら、私達はお父さんのヒーローになるんだ。
だから待ってて。


(やわいつよさのはなし)


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(110822)





■その少し前のはなし

(……ななし)
(ッ虎徹さん?!)
(あーいい、いい。一緒に居るところみられるとお前に迷惑かかる。俺なら大丈夫だ。)
(…虎徹さん)
(いや参ったわ電話もつながんないし犯罪者になってるし。…ドア越しでごめんな)
(大丈夫です。信じてます)
(…うん。出来るところまでやってみるわ。…楓をよろしくな)

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