折れたハイヒールの行方


ご機嫌に待ち合わせのモノレール駅に行っている最中の悲劇だった。
背の高いアントンに少しでも近づきたくて履くハイヒール。あの人はガタイも良いから一層私がロースクールみたいに見えてしまう。だからいつも気にして、足の小さい私にも会うのを探してやっと見つけるのにああこの悲劇。
かつかつとリズム良くモノレールを乗り継ぎ、ホームから改札に向かう上り階段。一歩踏み出したと同時に私の体は衝撃に揺れた。同時にボキリという不吉な音が響き、一斉に流れる人の波の中私はバランスを崩して前のめりになる。右のヒールが折れたことに気付くも時はすでに遅く、私は階段にへたりこむ結果となった。不幸中の幸いだったのが人が多かったことで、私はすんでの所で上り階段とのキスはまぬがれたのだが無様なことに変わりはなく、長さの違う脚を引きずりながら私は階段を上ることになった。なんて悲劇。

時計を見れば待ち合わせの時間まではもう5分程度で(そりゃそうだ折れるなんて想定外なんだから)適当な靴を探す時間すらない。
はぁ、と今に至るまでの悲劇をつめこんだため息をついて、左足のハイヒールに手を掛ける。


「いっそもう片方のヒールを折って」「なんでそう破壊的なんだ」
「うわっ」


あまりの悲劇に没頭していた私は背後に迫るアントニオに気付かなかった。
端からみたらハイヒールを逆さまにもって、今にもサバ折りしそうな変な女に映っていることだろう。悲しいかなアントニオにも。じっとりとした目つきで私の手元を見ている。


「…アントン」
「なんだ」
「これ折って」
「なんで」


右足をついと差し出せば、ああ…と合点が言ったように頷いた。もう右足はハイヒールと言うよりもサンダルに近い何かに変わり果てている。
渋々もアントンが受け取った私の左足のそれは、アントンの両手に綺麗に収まる。小学生の靴を持っているみたいだ。
おもちゃの、子供が憧れるお姫様が履くような靴。しばらくアントンはそれを眺めた後、私に折れた右足のヒールは持ってるのかと訪ねてきた。


「一応持ってるけど」
「直して貰えばいいだろう」
「だって」
「気に入って履いてたろ?勿体ないじゃないか」


一番華奢でそれでいてアントンの隣りでも不自然じゃない。そうありたいから選んだハイヒールだった。気に入っていたことに気付いてくれてたのは嬉しいけれど、こんな歪つじゃ隣を歩けない。なんだか泣けてきた。
だって歩けないわ、と呟けば、アントンは私の前にしゃがむと背中を向けた。
一瞬何をされているのかわからなくて立ち竦んだままその広い背中を見ていたら、アントンが振り返って負ぶされと言う。


「え、でも」
「そのくらいならすぐ直るし、修理屋まで負ぶってやるから。機嫌直せ」


な?と困ったように笑うから、私は何も言えなくなる。


「……お姫様抱っこがいい」


苦し紛れに言った言葉にアントンは盛大に笑って、私はその逞しい首に抱きついた。


(別に小さいななしはかわいいけどな)
(私が許せないの!)

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(110803)

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