翻るドレスに恋
いつもきっちりとまとめるブルネットを今日はダウンスタイルにして、ドレスもいつもなら選ばないピンクシャンパン、しかもたっぷりとドレープのよった、チュールレースがふんだんに使われた物。動きにくくても華奢なヒールのパンプスを選んできらびやかな会場へ脚を踏み入れる。 基本的に「打ち上げ」と呼ばれるこのパーティ、ヒーローTVのMVP発表後のもので私のような一般社員が招待されることはまずない。この中にいる大体の人間が会社の重役やら株持ちやらで、関係者以外は厳禁、主役であるヒーローが個人的に指名をしない限りは一般人は入れないのが当たり前である。 バーナビーのMVPが確定したときは、当然私もアポロンの社員として彼の恋人として喜んだのだけれど、その時に褒美ならひとつだけと珍しくバーナビーに自発的に甘えられた結果がこれだ。 ドレスまでわざわざ自宅に届けられれば、流石に子供のように行かないなどと逃げることもできなかった。私はあくまで一般社員で良かったというのに。ただバーナビーや虎徹のヒーローと、技術部門との架け橋ができればそれで満足だったのに。何故わざわざこんな。 キラキラとした、日常とはかけ離れた空間に閉塞感を覚える。CEOと談笑するロイズを見ながら、壁際にできるだけ寄り添ってグラスを傾ければ、独特のアルコールの香りが抜ける。
「ななしちゃん」 「虎徹さん」 「あれ、バニーは?」 「MVPがこんなところにいるわけないでしょう?」
挨拶周りで忙しそうよ、と首でバーナビーの方を差せば「ああ、」と少し残念そうな声が聞こえた。
「一緒に回ったら?」 「私はいいんです。斉藤さんとかならともかく、今の私はいちセクションの人間ですから。虎徹さんこそ4位じゃない。いいの?」 「苦手なんだよ」 「一緒に回ってあげましょうか」 「…流石に後が怖ぇや」
そういって虎徹が一気にアルコールを飲み干して、ウエイターから新しいグラスを受け取る。 私もまだ中身が残っている物と新しいのと取替えて、軽く虎徹の眼前に掲げてみせれば意図がわかったのか、すぐにかちんと二つが重なった。 琥珀色の向こうに、あちらこちらの上役から声を掛けられるバーナビーが見える。構って貰えないなどとは微塵も思っていない。こんな豪奢なものなどなくても、バーナビーがなんとなく私からは動かずともこちらに来るだろうと思っているから。 「ほれ、さっきから気にしてるんだぞあいつ」 「え?」 「…虎徹さん」
琥珀色の世界にだんだん大きくバーナビーが映って、私のすぐ目の前で止まった。 グリーンの目が私を静かに見つめたところで、虎徹さんが笑って私に手を振った。
「さて、おじさんは退散しますかね」
今更バーナビーも虎徹につんけんしないだろうに。ちらりとバーナビーを見れば、小さく会釈までしてるではないか。変われば変わるものだと胸の中に感嘆の息を吐いて、私も軽く頭を下げる。
「…ご挨拶はもういいんですか?」 「さっきので最後です。一通り終わりました」 「そうですか」
主役ともいえるヒーローが壁際にいるのを、スポンサーもTV関係者もよしとはしていないのだろう、それとなく私達を遠巻きに見ながらバーナビーに話しかけるタイミングを見計らっている。 せっかくこちらに来てくれて何だが、パーティの最中はきっとまともに会話すらできそうにない。
「バーナビーさん、他にもお話したい方が」 「少し、風に当たろうかと思って。良かったら一緒に」
外行きの顔で柔和に笑って、そっと肩にかけたショールを押されてしまえば、無碍に避けるのも不自然に映るだろう。諦めのようにため息をついてそのエスコートに身を任せ、そっとテラスに滑り込む。僅かに秋の臭いが濃くなった空気が、今日のために緩く巻いた髪をゆらして、ゆっくりと木々を鳴らす。 青銅色の手すりに手を着くとちょうどバーナビーが大きなガラスの戸を閉めたところで、その奥に虎徹が通り過ぎるのも見えた。
「…あとで虎徹さんにお礼言っておきなさいね」 「ええ」
多分追いかけようとした参加者の所に回り込んでくれたんだろう。お節介というか、気が回るというか。カーテンの隙間からもれる中の煌びやかな明かりをぼんやりと見つめながら、かつんとあまり好きではないピンヒールを打ち鳴らした。
「それ、着てくれるとは思いませんでした。いつもスーツだったから」 「あなたがこういう趣味だとは思わなかったわ」 「似合ってますよ」 「バーニィ」
アルコールが入っているからだろうか、妙に饒舌なバーナビーにテンポが狂う。
「後でいくらでも祝ってあげるのにこんな公な席に呼ぶなんて、随分大胆ね」 「ななしの奔放さにも慣れましたから」 「とんだ兎さんね…」
思わずため息混じりに笑えば、大層幸せそうに笑うものだから、私の方が面食らってしまう。 崩れた表情に気をよくしたのか、そっと窓側に背中を向けたバーナビーが私に向き合う。 パーティーの喧騒が少しだけ遠くに聞こえた。
「むしろ来てくれないかと」 「生憎貴方より年上よ?KOHにご指名で招待されて無碍に断る子供じゃないの」 「貴女らしい」 「…それに、ご褒美はきちんとあげないとね」 「ななし」
そっと綺麗な手が伸ばされるのを、ひらりとかわす。 紺色の空気に、上品なピンク色のシルクが揺れる。そのままパーティー会場へ戻る扉の方へ歩んでバーナビーへ振り返れば、さすがに年相応に、というかいつも通りの僅かな不満の色を覗かせた瞳と出会った。
「場所はわきまえて頂戴ね、ヒーロー?ここパーティー会場だわ」 「誰もみてな」 「バーナビーさん」
ぴしゃりと本名で呼べば、ぐっと言葉の続きを噤む。 私達のことを知っているのは虎徹と斎藤さんくらいで、あとには伏せている。 こんな公で、せっかく穏やかに過ごしているのを崩されたくはない。 ガラスにそっと背中を預けて、熱い体を冷やす。そしてすっかり香の抜けたグラスをそっと傾けて彼に祝杯。
「そうね、慣れないヒールで足が痛いのよ。送っていってくださる?あなたの家まで」
そう言って残ったアルコールを飲み干して、できる限りの笑みを向ければ不機嫌な顔はみるみる明るくなって。 わかりました、という返事を背中に聞きながら私は唇におめでとうを乗せて扉を開く。
ふわりとドレスの裾が空気をきって、私達の軌跡をなぞった。
(本当のおめでとうは後回し) _______ (110709)
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