花咲く雨路


紫陽花の花鞠
霞んだ赤青
踏みしめる玉砂利
爪先に跳ねる雨雫。
そして指先に貴方の手。


「……お手をどうぞ」
「どうも」


赤い番傘の中に二人、むせかえる雨の匂い。
ゆるりと手を重ねて雨の滴る庭を歩く。
戯れに一つの傘にふたつの影を重ねてみれば、驚いて貴方は頬に朱を差す。


「あ、照れてる」
「いきなり何するの…」
「雨の日に大きな傘っていうのもいいねぇ。ほら、キスしても目隠しになる」
「あのね…ここ家の庭」


知ってるよ、と傘から一歩飛びだして砂利を踏めば慌てて貴方はそれを差し出してまた元の円の中。
我が儘を言って着せて貰った紗の袂がひらりと舞って、彩度の薄い世界に色を差す。


「濡れたら大変でしょ」
「着物が?」
「ななしが」

そう眉尻を困ったように下げて、ため息をつく貴方は正直に言うとかわいい。贔屓目無しに、だ。素直にそう思うし、多分だれかに同意を求めても肯定してくれると思う。
続く長雨で縁側で雨を眺めるのも飽きて、他愛ない会話にも退屈を覚えて、かけられた和傘に目がとまった。紅の色彩が、鬱蒼とした梅雨の空気に酷く映えて見えたからと、私は至極適当な理由をつけて退屈に対するお願いを叶えて貰う。


「和傘に着物。純日本人な気分」
「現にななしは日本人でしょ。ていうか着付けできてなかったけど」
「上手な人にやってもらう方がいいでしょ。イワンできるんだし」
「……できるけど、さ」


それならばついでに和服でと、私が箪笥からひっぱりだした着物を着ようとする私を見かねて着付けをしてくれた。
多分、去年の夏に着ようとして失敗した浴衣の惨状を覚えていたのだろう。袷は開きすぎ、お端折は皆無でよれて、帯は縦結び。流石に酷いと嘆いた貴方はその時も綺麗に着付けてくれたのだ。

今は生まれは日本でも、和服を着る機会がない人の方が今はほとんどで、浴衣だってただ巻くだけ、帯もゴム付け、そんな風に簡易化されてしまった文化だから着付けなんてしたこともない人が多い。現に私だってそうだった。
貴方ったらしっかりここ育ちだというのに日本家屋に住んでいて、和服を着こなして、着付けもできるのだから私はいったいどうすればいいのか。つい甘えてしまう。


「できたら覚えて欲しいんだけど」
「どうして?イワンができるならいいじゃない」
「いやその、近いっていうか」
「ああ!最初肌着だから?今更気にしな」
「僕がするの」


ぴしゃりとすみれ色の目が私を射抜くけれど、白い頬が赤いので迫力はない。むしろかわいくてしょうがないくらいだ。
私としては、一生懸命になりながら私の体に手を回して着物を着付ける貴方が好きなのだけれど。
抱きつくような姿勢になるたびに、どきどきしてしょうがないのも知っているのだけれど。


「わかったわ。一人でできるように頑張るから、ご指導よろしくね?」


大きく頷いた貴方が私の手を握ったから、また隙を見て未だ赤い頬に唇を寄せる。
驚いたかわいい貴方は逃げようとするけれど、まだ雨は降り続けるから私は貴方を引き寄せて傘の中から逃がさない。
教えて貰う度に貴方は何度も私に抱きつくってわかってるのかしら。きっと私は不器用だから、何度も何度も教えて貰うことになるのに。
そう思えば不器用なのもなんだか得した気分になって、私は小さく雨音の中に微笑んだ。



(一人でできるようになるまではいつまでかかるだろう。)

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(110706)

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