Ordinary day


(バニーは13話前)

白いレースのカーテンを風がゆらして初夏の爽やかな風が部屋に吹き込む。開け放たれた窓は、白いナチュラルウッドが太陽に照らされてきらきらと額縁のように、外界の緑を四角いフレームで切り取っていた。
ときおり耳に流れ込んでくる鳥の囀りと、風の音。遙か彼方から聞こえる車のエンジン音はもう昨日という日常に追いやって、胸一杯に甘い匂いを吸い込んだ。
鳥と風と、あと食器がお互いにぶつかり合ってなる堅くて少し冷たい音と、何かがフライパンの上で焦げる温かい音。額縁の内側の私の世界はそれだけで今出来ている。
そんな小さくて酷く居心地のいい世界の窓際に私は佇んで、ゆっくりと視線を微笑ませた。
甘い匂いはフライパンから。皿の触れ合う音が途切れたら、控えめな視線と蜂蜜色が振り返る。


「なに笑ってるんですか」


深いエバーグリーンのカフェエプロンをした蜂蜜色の彼は、怪訝そうに呟く。普段ならきっと冷ややかに見える視線も、頬についた小麦粉の所為で台無しで、私が何も言わずに自分の頬を指差して指摘すれば慌ててそれを手の甲で拭った。
私がその仕草に笑えば、白い頬をそっと染め上げて背を向ける。蜂蜜色の襟足がふわりと跳ねた。


「ほら、もうすぐできるぞ。バニー、皿取って」


今までフライパンに集中していた長身が、蜂蜜色に声を掛ける。しゅう、とフライパンを少し濡れ布巾にあてて冷やす音がして、もわりと湯気が立ち上りもうすぐ出来上がるだろう甘い甘い匂いが部屋の中いっぱいに立ち込めた。
普段この家に2人は来ない。呼んだのは今日が初めてだから、自分のキッチンでこの二人が一緒に料理に勤しむ姿をみるのはなかなか珍しいものなのかもしれない。
お揃いのカフェエプロンで鼻歌を歌いながら、蜂蜜色が用意した皿にひっくり返せば、ふんわりとキツネ色のパンケーキが顔をのぞかせる。上機嫌に完成、と間延びした声をあげて机に三人分を置いた。


「蜂蜜は?」
「奥の棚にブルーベリーのがあるの」


たっぷりお願いね、と笑顔で付け足して私は窓際からキッチンに足を向ける。
柔らかく花の匂いがパンケーキに染み込んで、とろりと光沢を残して重なった階層の下へ下へと流れていくのを横目に、2人のいるコンロを通り過ぎて私は揃いのカトラリーを別の棚から探し出し三人分の席の前に並べた。昼の太陽に照らされた銀のそれらは、穏やかにちらちらと光って存在を主張して今か今かと出番を待ちわびているようだ。


「紅茶は?」
「お砂糖ひとつ」


ポットカバーから出された小さな花柄のポットも、普段なら一人分が入るけれど今日は違う。上品な白い手が紅茶を注ぎ分け、これも三人分が用意された。
私のに星形のお砂糖をひとつ、蜂蜜色にもひとつ、最後はふたつ。ぽちゃりと溶けて、テーブルに並べられた。


「よし、完成だな」


配置もしっかり整えて、私はいつもの席につき、2人にも席を勧める。


「ありがとう、虎徹さん。バーナビーも、ありがとね」
「なぁ、本当にこんな事でいいのか?」
「もちろん。素敵な休日とプレゼントだわ」


本当なら数日前の私の誕生日に、2人が祝ってくれるという話だった。
しかし予定はうまく叶わず、ヒーローとしての彼等に出動要請がかかってしまった、ならば穴埋めにと申し出られたことに私は2人の時間を私のために欲しいとお願いした。
特別な場所や特別な食べ物なんて要らない、三人で穏やかに過ごす時間が欲しいと。


「2人が並んでキッチンに立つなんて珍しいもの見れたしね」
「ちょっとバニーは危なっかしかったな」
「あなたが口を出し過ぎるんです」
「虎徹さんが意外にも上手だったのよ」
「意外は余計だろう」


フォークで切り分ければ、じわりと蜂蜜が染み出してくる。先に紅茶で喉を潤して口に放れば、ほろりとケーキが解けてほんのりと花の香りが鼻を抜けた。甘みが喉を通り過ぎるのに頬をゆるめる。


「…なんですか?」
「幸せそうでなによりだ」


虎徹さんの眦が緩く下がって、くしゃりと笑う。お皿から更に私は二切れを切り出して、虎徹さんの目の前に出せば一瞬きょとりと目を丸くしたあとに笑ってそれを咀嚼した。


「我ながらいい出来だ」
「パンケーキ焼いただけでしょう…」
「はい、バーナビーも」
「えっ…いや、えぇと…」


うんうんと頷いて満足そうにする虎徹さんを眺めるバーナビーに、同じようについと差し出せば、一気に顔を赤くさせて一瞬身を引く。けれど私がフォークを引っ込めないのがわかったのだろう、小さくいただきますと律儀に言ってからおっかなびっくり食いついた。
思わずその様子が歳よりかわいらしく、図らずも笑みが溢れ出す。


「やっぱりこのお願いにしてよかった。たまにはこんな日も悪くないでしょう?」


特別なものより日常を過ごせるのが嬉しくて。特別が日常だからありふれた空気が嬉しくて。
レースのカーテンと初夏の日差しとまぶしい緑と。
たっぷりの蜂蜜とふわふわパンケーキと、そして私たち。


ゆるりと吹いた風に私はまた笑って、穏やかに流れる時間に溺れた。



(またこうやって過ごしましょうね、いつかまた、いいえ。いつもこうして)

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(110703)

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