不眠症ハニー


沈み込む心地いいベッドからふわりと思考が浮かび上がる。
素肌をすべるシュミーズとシーツが気持ち良くて身をよじると、そっと抱えるような拘束と、よく知った薄いサボンの臭いがした。
はてここはどこだったか、ほどけた曖昧な記憶を辿りながら瞼を開くと、深緑の瞳がゆるく微笑んでこちらを見つめていた。


「起こしちゃいました?」


心地好いテノールが優しく響く。それに幼子がむずがるように胸に擦りよれば、くすくすと柔らかい笑い声が落ちてきた。
まだ眠い。しかしバーナビーに起こされた訳ではない。ゆっくりとまた瞼を開いてバーナビーの肩越しに窓を見れば、シュテルンビルトの地平線が薄桃色の日光に染まっている。


「今何時?」
「ええと、四時くらいですかね」


起きるには少しばかり早い。
露出した肩にシーツを掛け直しながら、だからもう少し寝ていて良いですよ、とバーナビーが私の髪を手櫛で梳く。


「…寝た?」
「少しは」
「眠れない?」
「独りの時よりは良いですよ」

眠ると嫌な夢ばかり見るのだという彼は、少し眠っては覚醒しを毎晩繰り返している。眠るのが怖いのだとも以前は言っていた。それでも、私といるときは、少しくらいは夢を見ずに眠れるのだと。
日中は忙しく周囲の目に囲まれ絶え間なく動き回る。それは一般人である私には想像もつかない程に疲れるのだろうに、バーナビーは顔色を変えずに毎日を過ごし続けてしまうのだ。
だからこそ、たまには私より遅く起きて寝顔を見せてほしい。


「バーナビー」


まだ眠気の残る声で名前を呼べば、静かな緑が私を見つめる。外界に向ける凛とした瞳ではなくもっと優しい、温みのある緑色。それだけで私は胸が溢れるような気持ちになれる。


「バーナビー」


もう一度呼んで、頬に触れる。なんですか、と声に出さず唇で問いかけられて、私は何も言わずに目を細める。そしてそのまま蜂蜜色の髪に指を通しせば、その手にバーナビーがすり寄った。


「あなたが眠っている所がみたいの」


少しだけ上半身をずらして、そのままゆるゆると細い金糸を愛でていると、段々とバーナビーの目尻がとろけ始める。
眠い?と問いかければ、応える変わりに私を見つめる視線が途切れた。私は静かに胸が上下し始めたのを確認し、その瞼にそっと口付けをする。



朝日のうす紅色。
眠れない横顔。
瞼にキス。
午前四時。


「おやすみなさい、良い夢を」

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(110628)

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