Sleeping beauty
もふもふもふ すやすやすや
暑い日差しの中を歩いてきて、さしてきたレース編みの白い日笠をぱたんと閉じる。 私がゴールドステージまで出かけるのは大概この人のためなのだけど、夏場はやっぱり暑い。シルバーやブロンズだったらまだ日陰があって過ごしやすいのにと、首筋を流れた汗を抑える。 きれいに剪定された蔦のアーチをくぐり、真っ白なアパルトマンへ。ドアにたどり着くと、ふと鍵がかかっていないことに気がついた。 鍵がかかってないのに異様に静かだ。私が行くことは、あの人だって知っているはずなのに。そう思いながら私は躊躇わずドアを開ける。
「キース?」
呼びかけてみても返事がない。 窓はそこかしこが開け放たれて、穏やかな風が部屋中を駆け回る。日傘にあわせた白のワンピースの裾がふわりふわりとはためいて、私の足跡の名残を辿った。 もう一度名前を長めに呼ぶと、キースの代わりに甘えるような声が耳に届く。
「あら、」
その声に従って小さな庭に続くリビングに向かうと、ひときわ涼しい風が開け放たれた窓から吹き込んで、声の主を見つけることができた。ついでに探していた人物も。
「これじゃ君も出迎えられないわね」
毛並みのふさふさとした、彼にそっくりの飼い犬は、自分のお腹を主の枕に捧げていた。 私が見つけてくれたのが嬉しいのか、キースを起こさないように尻尾だけをばたばたと揺らしている。 キースはといえば私が来たことにも気付かず、穏やかに午睡を貪っている。あちらこちらから入り込んでくる風のお陰で、この暑さとは無縁らしい。うらやましいったら。 飛びつきたいのを抑えて尻尾を振り私を見つめる黒い瞳に小さく笑って、頭をそっと撫でる。
「どっちが犬かわからないわね。あなた達よく似てるわ」
私が腕で眠ってしまえば起きるまで待っていてくれるところ。 澄んだ瞳で見つめてくるところ。 とっても素直なところ。 ふわふわでもふもふしてるところ。
ひんやりとしたフローリングに座り込んで、彼と犬の間に座り込めば今度は私の膝が犬の枕に早変わりする。起こすのはあまりにも忍びない。
「かわいい寝顔」
今度はそっとキースのブロンドを撫でて、それに唇を落とす。 柔らかい風がまた部屋を訪れて、私は目を閉じた。
_______
「おや、ななしが来たのに気づかないとは。君は気づいたかい?」
目が覚めて視界に映った世界は、犬に多い被さるようにして穏やかに寝息を立てるななしの姿だった。 時計を見て、寝過ごしたことに気がついたが、彼女は起こさないでいてくれたらしい。 相棒が静かに鳴いて、すべて知っているように尻尾を一度振った。
「かわいい寝顔だな」
掛かった前髪をそっとよけると長い睫毛が揺れる。 起こしてもいいが、あまりに幸せそうに寝ているから少し勿体無い気もする。今日のところは予定もないし、夕方まではこのままにしておこうか。
「…………君さえよければ、その役を代わってくれないか」
薄紅色の唇を微笑ませながら凭れかかられる相棒が羨ましい。 そう問いかければ、相棒は小さく尾を振っただけだった。
(ならせめてその寝顔を見つめていたい)
______ (110625)
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