愛するフェティシズム


「虎徹さんちょっと細くないです?特に腰、腰、腰」


とりあえず、世間一般世の中全般ごく普通の平均女子から見てこの人の腰はちょっと細すぎやしないだろうか。トレーニング上がりで出てきたこの人を捕まえて、私の第一声がまずこれだったということに、些か女子としての残念さが漂わないこともないが、思ったんだからしょうがない。腰だろうが、まぁ腕だろうが脚だろうが全体的に細い。肩幅…はある、それは骨格がそもそも違うので指摘する点としては除外しておこう。バーナビーだってもう少し筋肉あるぞ。とりあえず腰にまとわりつくとやめなさいと窘められるが、せっかくなので離れない。


「こら、離れなさいって。ていうか何で三回」
「大事なことは三回言うってセオリーなんです。あと離しません」


ずるずるとひきずられても離れるものか。とりあえずこれに抱きつく前にロック・バイソンとスカイハイにもくっついて来たのでよくわかる。細い。ちょっと言い方を変えるとほせぇ。


「ちゃんと食べてます?単身赴任状態の男の食生活は酷いって評判ですからねぇ」
「勝手に評判つけるんじゃないの」
「まぁビール腹よりはいいですけどねぇ。あああるまじきこの腰」
「だから離れろって」


ぐぎぎ、と腰に巻き付いた腕を解こうと虎徹さんが私の腕の中でもがくけれど、そこは男女の差。勿論私が女であることを考慮しての男が与えるべきハンディの差で解けない。つまり手加減してしまって抜け出せない。


「バーナビーだってもう少しありましたよ」
「バニーが触らせてくれたのか」


はい、とこともなげに言えばまじかよ、と帰ってくる。まぁ男が男の腰を触るのはファイヤーエンブレムくらいのが絵面としてしっくりくるので、バディとはいえ、あまり虎徹さんがバーナビーの腰回りを測るというのはあんまり想像できない。というよりもまずバーナビーが拒否するだろう。私も言いだした時は「急になんですか」と絶対零度の視線を浴びたのだけれど。


「ま、ちゃんと均整のとれた筋肉でしたけどね」
「あいつ真面目だからちゃんとトレーニングしてるんだろ。いやそうじゃなくてお前誰彼かまわずこんなことしてるのか」
「構わずしてたら私犯罪者ですよ。せいぜいスカイハイとバイソンとファイヤーエンブレムとバーナビー…あ、でも折紙くんは正面からハグしてきましたかわいかった!」
「おじさん感想は特に聞いてないの」


ひっついたままわきわきと指を動かすと呆れたように虎徹さんは藻掻いてずれたハンチングを直す。だって折紙くんは腰どうこうそういうフェティシズムではなくぎゅっとしたいタイプなのだ。彼に対しては了承得る前に正面からハグしてしまったので多少の罪悪感はなくもないが、真っ赤に震える折紙くんの表情はお釣りがくるくらいの報酬だから良しとしている。そんな記憶をリフレインしながらほくほくしていると、ぼすっと虎徹さんのハンチングが視界を遮った。


「女の子にあるまじき顔してますよななしちゃん」
「だって折紙くんかわいいんですもん」
「じゃあ折紙にひっつけばいいだろ」
「私の好みの腰は虎徹さんなんです」
「手をわきわきすんのやめなさい」


視界が効かないのでとりあえず回した手を動かすと、むずがゆそうな声が聞こえる。
イライラ棒とか苦手なタイプかしら。あと眉間に指を近づけられるとそわそわしちゃうタイプ。その後にあー、だの、うー、だのと聞こえた後に帽子ごとがしがしと頭を撫でられる。骨張った大きな手が触れるのが心地良い。


「とにかく。離れなさい。おじさん変な気起こしちゃうぞ」
「セクハラ返しですか!じゃあ私も逆セクで」
「悪かった!おじさんが悪かった。だから離れて、離して」


半ば悲鳴のような情けない声が聞こえてなんとか私を引きはがそうとするので、虎徹さんのハンチングがふわりと宙を舞う。あ、と思えば器用にその瞬間虎徹さんは逃げ出して、廊下を走り出した。浅黒い肌を赤くしたり青くしたり忙しい虎徹さんが見えたので、すかさず帽子を拾い上げ私も負けじと床を蹴り上げた。


「虎徹さん帽子!っていうか待て私の細腰!!」




「……いつまでやってるんですかねあれ」
「かわいいから良いじゃない?タイガーも気が気じゃないのが面白いし」
「……ななしのはただのフェチですよフェチ」
「なにハンサム、それってヤキモチ?」

そんなわけないでしょう、そう言いかけた時、遠くで何かが盛大にこける音と、虎徹の悲鳴が聞こえてきて思わずバーナビーはため息の代わりに眼鏡のブリッジを押し上げた。


(ぎゃあああああああ)
(彼女にフェチ以外の他意がない分、どっちかというとおじさんが不憫に思えてきました)


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(110623)

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