純愛崩壊ロジック



「…最悪だわ」


目が覚めてここが自分の部屋でないことはわかる。いつ自分が眠ったかということは覚えていないけれど、この家には見覚えがあるし、なにより自分がわざわざ足を運んだのだから。
最悪なのは自分の頭にたたきつけられる鈍痛にである。容易にそれはアルコールの摂取に失敗した結果ではあるのだが、もう一つ最悪である理由がある。


「なにも起きていない…」


自分がこの家に上がり込んでから何も現状が変わっていないということだ。髪の毛はさすがにぼさぼさで化粧は少しよれてはいるが、衣服に関してはまったく乱れた後がない。
何度もこの家に足を運んで酔いつぶれる度にこうして丁寧に寝かされているから、家主がどこにいるかも大体想像に易かった。


「風邪ひきますよー」


ベッドの脇を背もたれにするように毛布を被っているひげおやじが一人。この家広いんだから私なんてここに放っておけばいいものを、わざわざ側にいる優しさが憎たらしい。
絡まった髪の毛を手櫛で乱暴に梳かし、あくびをかみ殺す。体を起こしているだけで頭に低い鐘の音が響くようで、涙が出そうになる。
嫌なことがあったからと理由をつけて、ただなんとなく一人でいたくがないためにこの人の家に押し掛ける。一本連絡をいれれば大概家に迎えてくれて、話を聞いてくれる。
しばらくそんなことをしている内にだんだん年上に向ける思慕が、それだけではないんじゃないかと思って、どうにでもなれと酔いつぶれた。さみしいとねだってみた。
その度にこの結果である。

多分歳の離れた私は、姪っ子か何かのつもりなんだろう。この人とっては。女として見られていない。そんなの普段のこの人を見ればよくわかることで、それでも私は自分の中のよくわからない感情を知りたくて探してみた。でも探せば探すほどするりと逃げていってしまって、一向に私の感情の着地点は行方不明だ。

もそもそとシーツを離れて、もう一度全身を確かめてみるがやっぱりなにもありゃしない。男やもめと若い女。駄目かな。私は行方不明のポイントを想像して膝を抱える。


「なし崩しにしちゃっても虎徹さんなら良いのに」
「そんなこと言ってる内はただ寂しいだけだからやめときな」

ふいに低い声が聞こえてびくりと肩が震える。そっと虎徹さんの方を見ると、彼はさっきのまま、意識だけ覚醒しているようだった。


「どっから起きてますか」
「おじさんは今眠ってます」
「ばーか」


振り返るつもりはないらしい。この調子じゃ私が起きたくらいから知って居るんだろう。意地悪で優しくて憎らしい。だから私はいつまでも寂しいままだ。

「ただ寂しいんじゃないのに」

虎徹さんは答えない。
ただ寂しいのではない。多分、寂しいから好きなのだ。それが虎徹さんに対して誠意のない好きとわかってはいる。だからこそこれが好きなのかわからなくて、誠意のある好きにする方法がわからなくて、着地点が欲しい。寂しいと好きをイコールで繋がなくて良い方法がわからない。


「ばかおじさん」
「おじさんって呼ばれるのはバニーだけで十分だ」


バニー、という相方の名前ですらなんだかついでにもやもやしてしまって、掴んだ枕を軽く投げつける。柔らかいそれは少し当たっただけで、虎徹さんは小さく「いて、」と言ってやっぱり振り返らなかった。


「…ホントにホントに寂しいだけじゃなくなったら考えてくれる?」
「考えるだけな」


その声が優しいのに、近すぎるのに遠くてまた寂しくなる。目元が熱くなる。
多分、きっと、おそらくは。


「ほんとうに貴方がすきなのに」



(ずるいわ)
着地点が見つかるまであと少し。


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(110608)

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