ファンクラブに憂鬱
まず、これは定例行事のようなものだと言っておく。 終業のチャイムが鳴ると同時にバーナビーは席を立って私の席にやってくる。と同時にバーナビーのファンクラブが教室になだれ込んでくる。そして私とバーナビーは逃げ出すのだ。 今日に限って教室の出入り口がファンでふさがれ、老若男女問わずのファンクラブが同じ眼鏡をしつらえて我らをのぞき込む。もちろん彼彼女らの目当てはバーナビーだ。私なんて関係ない。しかし、今ここで逃げないと逃げるタイミングを失って、ファンクラブの中にもまれる羽目になる。
何度かバーナビーを生け贄に捧げて逃げようと画策した時があったのだが、ファンクラブの波に押しつぶされそうになって結局バーナビーに助けられた。その後彼に恨みがましい視線を送られたので感謝するにできなかったのだけれど。なんにせよ熱狂したものほど恐いものはないということを身を持って知らされたという訳だ。 それからというもの、私はそのたびにバーナビーと逃げてやり過ごす放課後を続けている。
−右、左、後ろ。
バーナビーは視線で退路を確認すると、私の首根っこをひっつかんで、こともあろうか窓から能力を使って逃走した。結果的には、逃げ切れた。 二跳び、三跳び。ちょっと派手に跳んだ所為でファンクラブ以外の目にも止まり、私は首根っこを掴まれて、捕らえられた宇宙人よろしくの姿を周囲に晒すことになった。 最後に屋上に飛び降り、バーナビーの能力が落ち着くまで私は屋上のフェンスに寄りかかる。 あれはあれで大変な能力だ。出し入れが上手く使えない上にタイムリミットとインターバルがある。アカデミーきっての才能と言われても万能とは違うか。やっぱり。 ちらりと校庭を見ると、ファンクラブの面々がばらばらと校門から出ていた。 ああ、今日も終わった。一段落。そう思ってバーナビーに目配せをすると、丁度発動時間も切れたのか合図のように屋上階段の扉に手を掛け、ぴたりと止まった。
「どうしたの?」 「いえ、鍵が…」 「…うそ」
ここまで言われてわからない私ではない。 閉じこめられたのだ。屋上に。否、鍵を閉めてある屋上に着地してしまったのだ。
「ちょっと、こじ開けられないの?」 「無茶言わないでください…無理ですよ」 「えぇ、じゃあインターバル終わるまでここ?」
そうですね、と流石にバツが悪そうに言われると続く文句も飲み込むしかない。どう足掻いても一時間はここに足止めだ。 しょうがないか、とフェンスに凭れて、下校する生徒を眺める。少し離れてバーナビが座り込む。彼は下校する生徒になど興味はないようで、フェンスに凭れたまま空を眺めていた。
もうほとんど、バーナビーを見るだけで満足したんだろうファンクラブのメンバーはほとんど校門を通りすぎている。友人同士で入ったんだろう女子が、同じ眼鏡をしながら談笑しているのをぼうっと眺めながら、彼がヒーローとしてスポンサーにつけるのは眼鏡メーカーでもいいんじゃないかと思う。
「なんで一緒の眼鏡にするのかなぁ」 「やめろって言ったら髪型同じにしてきますよ」
ぼそりと言った言葉にバーナビーが返す。 ファンだったら持ち物で対象と同調したい気持ちはわからないでもない。けど何故眼鏡なんだろう。同じ髪型髪色が揃って追いかけられても嫌だけど。うっかり想像して寒気がした。
「……ぞっとした。すっごいぞっとした。なんなのバーナビー大量生産計画なの。バーナビーは1人で十分よ!ていうか眼鏡も髪型もバーナビーがするからいいんであって別にあの人等がする必要ないんじゃ」 「珍しく褒めますね」 「でも、ハンドレッドパワー使って屋上に高飛びは良くないと思うんだ。しかも私を連れて」 「あの場合ああするしかないでしょう」
背丈があって、綺麗なハニーブロンドで、顔が綺麗だから似合う。というより、バーナビーがバーナビーだから似合う髪型と眼鏡なのだ。他の誰がやったって似合うまい。そんなの周知の事実だと思っている。 お互いため息をついて、私もフェンスに背中を預ける。がしゃりと金網が鳴って、2人分の重さを受けとめた。あ、ちょっと曇ってきたなぁ。傘持ってただろうか。
「ヒカルの能力使えばいいじゃないですか」 「やーだ、使うの疲れるもん。そもそもバーナビーが私ごと連れてきたんでしょ」
私は水を扱うことができる。空気中の水分を使って足場を作れば、下りることくらいはできるかもしれない。けれど正直な話、面倒くさい上に安定した能力発動はまだ負荷がかかる。足場だけ上手くつくるなんて芸当、神経を使うから余計に避けたい。 暗にあなたが責任取りなさいと言えば、お手上げのようにバーナビーが頭を振った。
「そんなこというのななしくらいですよ…大人しく1時間待ってください」 「なんで5分経つ前に気付かなかったのよ…」 「いつも開いてるので」 「あーもう…」
友達に連絡を取ろうにも、もう先に帰ってしまったし、比較的仲のいいクラスメイトはバーナビーのファンクラブ会員だ。呼んでもいいが騒がれるのも嫌で、私は携帯をぱかぱかと開いたり閉じたりしていると、液晶にぽたりと雫が落ちる。 あ、と思う間もなく独特の埃っぽい臭いが立ち込めて、屋上のコンクリートが斑模様を描き始めた。
「げっ雨…バーナビー傘かタオル…ってあるわけないか」 「そのまま来ましたからね…」
いつもならすぐに教室に戻れるから、鞄なんて持ち歩いていない。携帯の時計を見てもあと30分は残っていて、庇のないこの場所で雨を浴び続けたら流石にどちらも風邪をひく。
「しょうがない。こっち来なよ。雨よけくらいならなんとか作れると思う」
バーナビーを呼ぶと、私のやりたいことを理解したのか隣に腰を下ろした。ふわふわと蜂蜜色が揺れる。
「ちょっと、くっつきすぎでしょう」 「文句言わないでよあと30分能力使いっぱなしなのよ。面積狭くしたいの」
じりじりと離れようとするバーナビーに負けじとこちらもにじりよりながら言うと、諦めてくれたのか静かにそこに座り込んだ。 辺りの斑模様はすぐに一面ダークグレーに染まって、遠くの景色は白っぽくもやがかかる。これは30分経っても降っているかもしれないな、と見上げる空に思った。
薄く青さを帯びた身体の所為で、頭上の跳ね返った雨粒も薄い青色に染まる。ガラス張りの天空ドームみたいで、なんとなく雨もいいかなぁなんて思ってみたり。少なくとも今が学校の屋上で、逃走の末の雨宿りで無ければの話だけれど。 つらつらとそんなことを考えながら空を見上げていると、突然視界にハニーブロンドが入り込んできた。ついでに肩に手の平の熱がひとつ。
「…ちょっとくっつきすぎじゃない?」 「貴女が言ったんでしょう。くっつけって」 「そうだけどなんで肩を抱くかわかんないんだけど」 「…こうでもしないと理由がないなって」 「はい?」
ふわふわと巻き毛が頬にあたってこそばゆい。こっちを向いてくれない代わりに、バーナビーの腕がどんどん私を引き寄せてきて、正直逃げるなりしたいのだが、能力を使っている手前それも叶わない。いくらなんでもバーナビーを雨の中に放り出すのは可哀相だ。
「なんでいちいち僕が貴女と一緒に逃げ回ってるかわかりませんか」
こちらをやっと見たバーナビーの顔が、心なしか赤い。透き通ったペリドットと、顔が綺麗な割にがっしりした手が私に近づいてくる。 ふわふわのハニーブロンドから柔い香りが揺れる。
「貴女もいい加減気付いてると思ったら気付いてないし。わかってないし」
ちょっと悔しそうに眉を歪めながら手の平が頬に触れ、滑らかな動きで空いたもう片方の肩を抱き私とバーナビーを向き合わせる。 どうしよう状況が掴めない。私が気付いてない?わかってない?どういうことだ。というか顔が近い。綺麗な顔が近い。男子にあるまじき良い匂いがする。
「ばーなびーくーん?」 「鈍いんですよ。貴女は。僕はななしがいてくれたらそれでいいんです」 「……はぁ。ぅえっ?!」
やっとのことで彼の言いたいことを理解した私は、色気もそっけもない奇声を発し、バーナビーはそんな私にむっとして睨め付けるとその綺麗なペリドットを閉じた。 長い長い一秒の暗転の後
「好きなんですよ」
耳元で囁かれた甘ったるい声の一言に私の集中力はなにもかも崩れ去り、私たちは結局雨にずぶぬれにされた。
(わ、私がなんのために能力使ったか…!) (でもそれだけ動揺したんですね。良い意味で) (うっ)
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