ポワントでキス


あなたが歩進むと私は半歩。
あなたが二歩進むと私は一歩。

ステップを踏んであなたに追いついてあなたは私を少し待つ。

そしたらあなたが半歩進んで私が一歩。

最初はそうしてコンパスがずれた歩幅を合わせて、私たちは外へ歩き出す。
今日はシルバーエリアでショッピングをする予定。そして今日公開の映画を見に行ったら家に帰ってゆっくり食事。それが今日立てた私のスケジュール。一緒に外を歩き回りたいという気持ちもあるけれど、どちらかというと側にいられる時間がたくさんあればあるほど良い。だってこの人は忙しい人なのだから。

街の雑踏に割り込むようにして歩く。いつも一人で歩くと流されそうになるのも、今日だったら大丈夫。キースがいるだけで私はこの雑踏をすいすい流れていけるのだ。

何気ない話をしながら、横目でちらりとキースの顔を見る。今このもみくちゃになりそうな人混みの中を歩いているのがキングオブヒーローだと、誰も知らない。誰もここにスカイハイがいるなんて気付かない。


「あ、スカイハイ」
「なんだい?」
「違う違う。あっちだよ」
「ああ、CMか!」


ポセイドンラインの広告映像が飛行船のモニターに流れる。
小さな子供が母親の手を引きながらスカイハイの名を呼んで、改めてスカイハイの認知度と人気を再確認する。多分マスクの下は満面の笑みで、カメラに向かって手を振ったんだろうな、空を飛ぶ姿でなんとなくわかる。


「っていうか、キースは普段スカイハイで返事しちゃだめでしょ」
「ああそうだった。つい忘れてしまうよ」
「二つ名前があるのも大変ね」

この人私じゃない誰かが相手でもうっかり返事してるんじゃないだろうか。大丈夫だろうか。どっちでいる時間の方が長いのかはっきり私にはわからないけれど、この人気ヒーローはスカイハイで呼ばれている時間の方がもしかしたら長いのかもしれない。
その内スカイハイが本当のキースになっちゃいやしないだろうか。
それは、ちょっと、困る。自分の映った広告を見つめるキースをじっと見つめていたら、真っ青な瞳が私に気がついて見つめ返してきた。


「スカイハイがキースになっちゃったら困るなぁ」
「ななしは変なことを言うなぁ!」
「キースはスカイハイだけど、スカイハイはキースじゃないんだよ」


わかる?と言っても、いまいちよくわかっていないのかキースは、わかったような顔をして首を傾げる。でっかい男が小首を傾げないでちょうだい。むしろどっちかにしてちょうだい。
つまり私の目の前にいるキースがいるからスカイハイが存在する訳で、ヒーローのスカイハイがあってそこからキースが存在するわけじゃないのだ。これは私にとって最重要項目である。だって私はスカイハイが好きでキースを好きになった訳じゃなく、キースが好きで、たまたまキースがスカイハイだっただけなのだから。…自分で考えていて訳がわからなくなってきた。

よくわからないね、と言って私は手を引くように歩き出す。キースはなにも言わず笑って引っ張られてくれる。スカイハイはこうはしてくれないだろう。

しばらくそうして歩いていって、ねえ、と引いた手はそのままに振り返って私と二人雑踏のど真ん中。


「ここにいるキースがスカイハイだよーって言ったら信じてくれるかな。誰も信じないかな」

これをキースに聞くのは不親切かしら。
ひらひらマントみたいなロングコート、シルバーの騎士みたいなフルフェイス。今はきらきらのブロンドに真っ青な瞳。騎士っぽいのは似てるかもしれない。雰囲気が。


「ななしは信じて欲しいのかい?」
「ううん」


よく絵にかかれる天使みたいなきらきらした髪は私の持ってないもの。私の大好きなキースのもの。
スカイハイ=キース・グッドマンじゃないから、私たちはこうしてもみくちゃにされそうになりながら二人でいられる。
信じられてしまったら、こうして歩くこともできないだろう。それは私には嬉しくない。スカイハイはみんなのヒーローだけど、キースは私のヒーローなんだから。
ちょっとした優越感のような気持ちで、私を優しく覗き込むキースに精一杯の背伸びをひとつ。


「スカイハイはみんなのものだけどキースは私だけのものだからね」


今ここにいるあなたは私の好きな人。そう言えば柔らかくそうだねと答えてくれるから、それが嬉しくて。

雑踏の中、誰にも気にされずあなたにポワントでキスをする。

(誰もヒーローと恋してるなんて気づかない。そんな小さな優越感)



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