Ask me no questions, I'll tell you no lies.
どろどろになるまで甘やかして欲しいなんて到底思えないし望んでない。 多分それは、お互いにそう。
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自立といえば聞こえが良いかもしれないが、ドライと言われたらそれまでかもしれない。彼女はそういう女性だと思った。 彼女はヒーロー事業部の技術部門担当、つまりメカニックとの中間を取り持つ役職で、出会ってすぐに情けないながら彼女に心を奪われた。視覚的な問題じゃない。彼女がこちらの領域に足を踏み入れるたび、鼓動が早くなる。思えばそれは自分の頭の危険回避の為の警鐘だったのかもしれないと、その音を通り過ぎてしまった今になって考えれば、そう思う。
「バーナビーいる?、…バーニィ?」 「居ますよちゃんと」 「そこにいたの。あなたの部屋広いし殺風景だからわからないわ」
暗い廊下のフローリングをゆっくりとヒールで叩きながら、彼女が入ってくる。 自分がいる部屋まで大した明かりが点いていないのを見ると、彼女は小さくため息をつきながらメイン照明のスイッチに手を伸ばした。電気が通う小さなノイズと共に、部屋の光量が増して、窓際にいた僕は思わず目を細める。
「居ない時はそもそも開いてないでしょう。あとバーニィって何ですか」
明るくなった事に満足したのか、僕が居たことに満足したのか薄い唇で笑って、彼女はだってかわいいじゃない、とまとめた髪をほどく。それだけで淡い香りがこちらに撒かれるようで、彼女の存在感が重みとして胸に落ちる。そのまま中央の1人掛けソファにハイヒールを脱いで座る姿は、どことなく猫に似ていた。
「バニーだと嫌なんでしょ。虎徹さん嘆いてた」 「あの人は…」 「だから間を取ってバーニィ。いいじゃない」
床に置いた鞄から端末を取り出して、何かの資料を睨みつつ肩に掛かった髪を緩慢とした動作で払う。 部署は同じでも、実働隊とデスクワーカー。持ち帰るほどの仕事量に、彼女の能力の高さを見つけながら、彼女に向かって歩みを向けた。 手を伸ばせば届く距離まで近づくと、資料を見つめていた彼女の黒い瞳が身体を射抜いて進めなくなる。
「…忙しいんですか?持ち帰るほど」 「そうね。虎徹さん無茶ばかりするから。見直しが必要だって斉藤さん張り切っちゃって」
マスカラで伸びた睫が手招くけれど僕は射抜かれたまま動く事ができない。しばらくそうして僕を見つめた瞳は、相手が動かない事に興味をなくしたのか、ほどなくしてまた資料を追うこと始める。
小さな画面から映し出された小さな文字の羅列と、資料であろう角版の写真。向かい合わせの所為で内容を把握することはできないが、斉藤さんからの細かい仕様説明や、上からの指示書だろう。流れるようなスクロールで、それらが上に登っていく。
「ななし」
そこで僕は初めて彼女の名前を呼ぶ。 すると忙しそうに文字を追っていた目がまたゆっくりと、いやきっと彼女からしたら今日初めてだろう、僕の全身を捉えていく。 なぁに、と唇の動きだけがゆっくりと問いかける。途端に喉が渇いたような感覚に陥って、頭がくらりとした。ななしといると、いつもそうだ。最初からこれを警鐘だと理解していればよかったのに、それもきっと今では麻痺してしまったんだろう。それすらある種の心地よさと感じるのか、近づくまいと思っていてもふらふらと近づき、知らない内に彼女の領域に脚を踏み込んでしまう。ななしからは距離など最初の一歩だけで、あとは踏み込んでくることなどしないのに。
僕はそっと、ななしの座るソファの手すりに腰掛ける。
「…仕事するなら家に来なくてもいいでしょう」 「拗ねた?」 「そこまで子供じゃないです」 「本当?寂しいって眼鏡に書いてあるわよバーニィ?」 「からかわないでください」
苦言を呈されてもさして気にもとめず、くすくすと背中越しにななしの笑い声が聞こえる。 しばらくして、こつん、と端末が鞄に戻される音がして、ソファのスプリングが軋んだ。
「バーニィ」 「…バーナビーです」 「なんでそう意固地になるかなぁ」
くすくすくす。そのまま後ろから華奢な腕が腰に巻き付いてくる。ただ、そのまま回されるだけ。 戯れの様なそれに自分の手を重ねてみれば、普段から低いのだと言っていたななしの体温が伝わる。もう一度バーニィと呼ばれて、諦めて振り返れば、やわく笑んだ瞳と出会う。
「……なんですか」 「ううん?」
するりと僕の手の拘束を解き、細い指が頬を包み込む。
「虎徹さんや仕事の話ばかりでつまんないって言えばいいのに。かわいくないなぁ」 「…そんなこと」 「不安になっちゃった?僕も構って、って言いたそうよ」 「………ッ」
暗に甘やかして欲しいのだろう、と言われて顔が熱くなる。 小さな自尊心が騒ぎ出して、振り払いたいと叫ぶのに、彼女の温度がそれを許さない。 見つめてくる黒い瞳は、手の温度と相反して暖かみを帯びて、触れていない部分からゆっくりと僕を溶融させていこうとする。
「大丈夫だよバーナビー。今日はうんと甘えさせてあげよう」 「…上から目線やめてください」 「嫌なら腕を回すのやめてくれない?」 「嫌じゃない。このままがいい」
やわらかい身体が僕を抱き込んで溶かそうとする。 どろどろにならない寸でのところで冷やして固めて、僕の警鐘を鳴らす自尊心をわずかに残して攫っていく。 問いかけない代わりに彼女は少しだけ甘え、僕が問わない代わりに彼女は僅かに僕を甘やかす。
解け合わないギリギリの所で触れ合いながら、僕らはお互いを確かめる。
(明かり付けない方がよかったかしら)
(110525)
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