マイ・リトルヒーロー!
きつくなったパンプスを脱いで、キャンディカラーのクッションを敷いたソファにばったり倒れ込む。今日はやたら忙しかった。この間生中継でやってたヒーローTVに出てきた、話題のダークヒーローの所為でいろんなメディアが情報を集めるために躍起になったり、このままじゃいけないからとヒーローのイメージを守るとして広告やら企画の審議がされたりと、ヒーローを大手企業が独占しているお陰で私のような子会社で働く者にまでしわ寄せがやってくる。
なんとかソファの誘惑に打ち勝ち、よたよたと冷蔵庫から栄養ドリンクを持ち出す。 お世辞にもおいしいと言えない液体を一気に喉の奥に流し込んで一息。 早くシャワーを浴びて寝たい。目の下が浮いたように気持ち悪くてこれは蒸しタオルもやらないとクマ確定だ。 ちくしょー上司め、と当てつけのような恨み言を適当に言いながら、私はパソコンの電源を付けてブログにアクセスする。
『折紙サイクロン』
そうかかれた派手な日本調のヘッダータイトルのそのブログを見るのが私の日課だ。 どんなに疲れてても、これだけは必ず見ると決めている。
「あれ…」
記事そのものはなんてことない内容なのだが、スクロールバーが異様に小さい。 画面を指で動かしていくと、コメント欄の長いこと長いこと。しかもあることないこと罵詈雑言。途中まで読んでげんなりして、私はこれの書き手の顔を想像する。
「ヒーローやめちまえ、か…相当凹んでるだろうなぁ」
ただでさえ元々のテンションのラインが高くない上に妙に真面目だから、余計にこれのひとつひとつに傷ついてるだろう。むしろ途中で読むのも嫌になって泣いていやしないだろうか。 携帯を鞄から取り出して、短縮コールを押す。
「アロー?良かった。泣いては居ないわね」
数回のコールの後に相手が出てくれる。とりあえず泣き声で出なかったことにほっとして、モニタで今度はニュースサイトを開く。 「ブログ見たよ。なんか大変なことに…って、やだ泣かないでよ。え、私の所為?」
ブログに反応したのか、割と平静のままだった電話越しの声がみるみる歪む。 ああ、我慢してたのか。普段からため込むタイプだからなぁ、とか頭の隅で考えていたら、もう電話越しには小さくすすり泣く様な、必死に堪えるような音が聞こえてきて聞くに堪えない。
「ああ、もうイワン?イワンそんなに泣かないで。ヒーローが台無し……ごめん今のは私が悪かった」
なぜこんなにも落ち込んで泣いているかといえば、彼のやっているブログが所謂「炎上」してしまい、罵詈雑言というのはルナティックなるダークヒーローの行動に少なからず共感した市民が不信感を考えもせず言葉にしたのだ。 ヒーローじゃなくたってこんな言葉を並べられたら辛いだろうに、彼の性格と立場上余計にだ。痛いなんてもんじゃないだろう。 私の思わぬ失言でついに無言になってしまった時に、ニュースの見出しが目に入る。
「ヒーローアカデミーに現役ヒーローが訪問?あ、折紙サイクロンて書いてある。イワン行くの?これ。そう。うん?」
よくよく読んでみるとあのバーナビーとワイルドタイガーも一緒じゃないか。羨ましい。もしバーナビーが握手会するとかだったらイワンには申し訳ないけど行くと思う。もちろんバーナビーに会いに。 ニュース用に撮られた写真には、普段から想像もできないほどテンションの高い、かぶいたヒーロースーツの彼がバーナビーとワイルドタイガーと共に映っている。見切れてるだけでも、ポイントがなくっても、たとえバーナビーの握手会に行っちゃっても、それでも私は折紙サイクロンが好きなのになぁと、とってつけたように書かれている折紙サイクロンの関連記事を読み流す。
「自信ないって…大丈夫だよ。ちゃんとイワンはヒーローだよ?え?うん、うん…だから…ああ!もう!なんでそうなの!埒明かない!」
励まして欲しいのか同調してほしいのか。言葉を掛けても掛けても浮上してくれない。 このパターンに陥ったら、電話じゃ意味がないのは付き合ってよくわかっている。でも、とか僕じゃ、とか相当参っているのか語尾が小さくなっていくイワンに、電話をしながら思わず立ち上がる。キャンディカラーのクッションがぼたりと床に落ちた。
「家にいるんだよね?今から行くから!鍵開けといて!え?なにって」
落ちたクッションを拾い上げて受話器に叫ぶ。
「あんたのヒーローになりによ!」
とりあえず抱きしめて 撫でて それからあなたってヒーローがどれだけ好きか文句言ってやるわ!
______ (110523)
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