ハンサムエスケープ
2011/05/30 08:21


(ミス・バニーとピンヒール)

頭の中が真っ白になるというのは、こういうことなのかと今更ながら知った。

ミス・バニーは意外と気が荒い、と他のヒーローにからかわれていたのは知っていたけれど、まさか本当に彼女がこんなにも気が強…いや、頑固だとは思わなかった。

酷い泣き顔のまま無言で僕の眼鏡を外し…


叩き割ったのだ。そのピンヒールで。


「な…!」

「バニーの…ば、かっっ!!!!」

咄嗟に怒る事もできず、ピンポイントでレンズを狙った彼女の脚さばきに圧倒されて、罵倒の言葉も耳に入れられないまま彼女は僕の目の前から走り去った。


***


わかった、順序よく離そう。

僕と彼女は今まで喧嘩らしい喧嘩をしたことがなかった。兎みたく小柄で肌が白い、周りが勝手につけたあだ名がしっくり来てしまうような彼女は、ミス・バニー。控えめで我慢をして何も言わないという訳でも、傲慢でわがまま放題という訳でもない、ふわふわと、なんていうか、自分がこう言うとただの馬鹿みたいだけどひとつ芯の通った大和撫子という女性だと思っていた。

思っていた、なんて言ったら彼女に対して勝手に失望したように取られるかもしれないが、決してそんなことはない。ただ、ただちょっと動揺するくらい驚いただけという話だ。

今日はいつものように会社に出社して、そしておじさんのとりとめもない話に適当につきあいながらトレーニングルームに行って。いつものメニューをこなして。急遽雑紙の取材が入ったと上司から言われて答えていたら、思ったより時間がかかって夜になってしまった。確かそういう一日だったはずだ。

それがまさか会社の入口で仁王立ちしている彼女に出会うなんて。

頭ひとつは違う背丈の差なのに、口は一文字に結び、横には何故かブルーローズとファイアー・エンブレム。

なぜかファイアー・エンブレムにいたっては彼女の肩を抱き、僕を哀れむように見つめている。あんまり不思議な光景に声を掛けようと息を吸ったら、ぼろぼろと目の前の彼女は泣き始めたのだった。


そして冒頭に戻る。

つまり、僕は、僕らはその時初めて喧嘩をしたことになる。





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